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横浜紅葉坂シネマ倶楽部

映画・音楽の感想を中心に・・・(注:ネタバレあり)


横浜紅葉坂シネマ倶楽部


【 制作 】 2006年

【 監督 】 アルフォンソ・キュアロン

【 出演 】 クライヴ・オーウェン、ジュリアン・ムーア 他

【 時間 】 109分


【 内容 】

舞台は2027年のイギリス、ロンドン。

人類は生殖機能を失い、不妊率の上昇によって18年間、子供が生まれていない状態になっていた。


同時に、世界は内戦やテロにより崩壊し、ロンドンには大陸からの不法移民が押し寄せ、市民には通行証とともに自殺薬と抗うつ剤が配給されるという、末期的な状況に陥っていた。


主人公のセオ・ファロンはかつて熱心な活動家であったが、最愛の息子ディランを失い、妻であるジュリアンとも離婚し、現在はエネルギー省で政府の仕事をしながら、無気力な日々を送っていた。


ある日、入国者の人権を主張する「フィッシュ」と名乗る反政府集団に突然誘拐されるセオ。

連れ込まれたアジトにいたのは、フィッシュのリーダーであり別れた妻、ジュリアンだった。

彼女は「ある不法移民の女性を助けるため、通行証を手に入れて欲しい」とセオに要求する。


文化大臣である従兄弟のつてで通行証を手に入れたセオだったが、手に入ったのは自分が同伴していないと無効になる通行証であったため、自ら同行することに。

ジュリアンと共に乗り込んだ乗用車で、セオはジュリアンが助けようとしている若い黒人女性、キーと一緒になる。


しかし検問所に向かう途中、セオたちの車は暴徒の襲撃に遭い、ジュリアンが銃撃され死亡してしまう。

フィッシュが駆け付けた警官を殺害し、悲しむ間もなく組織のアジトに逃げ込むことになるセオ。

牛舎でキーと2人きりになると、彼女は服を脱ぎ始める。

そこでセオは、キーが妊娠しており、間もなく出産するという事実を知る。


平和的な考えのジュリアンはキーを人類救済事業団、ヒューマン・プロジェクトへ送り届ける計画を立てていたが、セオは夜中、組織のアジトにジュリアンを殺した襲撃犯が戻ってきたのを目撃し、ジュリアンの殺しが一斉蜂起を企む武力派による内部犯行であったことを知る。

彼らにとってキーの赤ん坊は、そのための切り札として必要だったのだ。


そのことに気付いたセオはキーと世話役のミリアムを連れ、命がけの逃避行を開始するのだが・・・


【 感想 】

冒頭、2009年に生まれた世界最年少のディエゴが18歳で刺殺され死亡、

というニュースが世界中を駆け巡り、悲しみに暮れる人々。

不妊の原因は遺伝子操作、ガンマ線、大気汚染など色々考えられるが、明確なものは示されていないが、異常な状況であることが分かる。


そんな中、セオがコーヒーショップから出た直後に店が爆発。

圧倒的な臨場感で、まず映画に惹き込まれる。

その後も暴徒の襲撃によってジュリアンが殺されるシーン、セオ達をかくまっていたジャスパーがフィッシュに銃殺されるシーンなど、映像がやけにリアルで生々しい。


ジャスパーの手配により警官シドを仲介人として、セオ達はフィッシュの追跡を逃れてベクスヒル収容所へと入り込み、収容所ではシドの仲介によりマリカという女性がセオ達の案内役となる。

収容所へと運ばれるバスの中で既に破水していたキーは、収容所内の寝床に案内されてすぐ、出産を迎える。

無事に赤ん坊は生まれたものの、翌日には一斉蜂起したフィッシュが収容所へ押しかけ、収容所は政府軍との激しい銃撃戦の舞台、戦場になってしまう。


キーと赤ん坊を車いすに乗せ、市街戦のように銃弾が飛び交う中をボートの船着き場へと向かうセオ達だったが、フィッシュに見つかりキーと赤ん坊を奪われてしまう。

ここで評判の「長回し」に突入するのだが、確かにすごい迫力。


フィッシュが逃げ込んだビルに入り、ついにキーと赤ん坊を救い出すセオ。

ここで赤ん坊の泣き声にビル内の人々や政府軍の兵士たちが気付き、皆が発砲を止めてセオとキー、そして赤ん坊を逃がす。

とても印象的なシーンとなっている。


マリカに見送られ地下の配管から小さなボートで海へと出るセオ達。

無事に目的地のブイまで到達したものの、セオは銃撃を受けて多量に出血していた・・・


セオが死ぬ直前、キーは自分の娘にセオの最愛の息子と同じ、ディランという名前を付ける。

それを聞き届け、自分の役割を果たし終えたかのように静かに息を引き取るセオ。


ヒューマン・プロジェクトのボートがキーを迎えに来たところで、

物語は幕を閉じる。


子供が明日への希望であるという極めて平和的なテーマを扱いながら、一方では希望を失った人間の狂気をリアルな描写で描き出す、非常にコントラストの強い作品。

個人的にはセオが主人公でありながら、じつは一度も銃を手にしないあたりが気に入った。


この作品で描かれているような世界になる危険は、この先高まっていくだろうという予感があるが、そうならないように自分も行動していかなければならないと感じた。
いつの時代も、子供は未来に希望を繋ぐ宝であると思う。