- 前ページ
- 次ページ
映画「ブラックスワン」を観てきました
行ったのは先週の土曜日でしかも相当観るか迷って行ったので1人で観てきました。
周りからバレエ界のあまり直視したくない現実を見てショックを受けるかもっていう話もあったから…
観た直後は冷静を保っていたけど、観たあと一週間経ったあとも映画の様々なシーンと日常を照らし合わせて考える瞬間が多いです。
レポートが書けるのでは?というほど…
それだけパワーのある映画でした。
思いの丈を以下に書きます
まず、設定がニューヨーク・シティ・バレエのプリマというところがニナの狂気を描く上でよく考えられてると思ったしすごく理解できました。
それ以上のバレエ団のダンサーはニナのような悩みは超えることが出来ると思うし、それ以下は白鳥の二役はそもそも踊れない。私はそう思ってみました。
とにかく、内容は盛り沢山で、というかバレエ界が秘めてる問題を全部ニナに嫁したなと…あんまりちゃんとは描かれなかったけど、拒食症から始まり、母子関係、ディレクターとダンサーの関係、ライバルとの競争、役作り、性、酒、ドラッグ、
結局バレエは結果が基準をもって評価されない、からこういうことになるのかな
バレエの肉体的なストイックさは、その傾いた針は弾けるとすぐさまに反対側へ傾き、酒やドラッグの問題が出てくるのかな、切れやすい、
自分を常に冷静に保つ力が…
母子関係だって…恋愛だって難しい環境だからお母さんの日々の支えはとても有り難いもの、だけれども自立したダンサーになるなら本来その甘えすらもなしに日々を乗り越えていかなきゃいけないんだよね
振り切る力が…
トマは…バレエ団を仕切るトップは時として、ダンサーとの人間関係でやりくりをするよね、ダンサーは純粋だからそれによって悩み、考え、周りとの関係までも構築し、役を演じる…、トマはそこまでもを意図してるかな…
でもやはりべスは可愛そうだった。ダンサーは生まれたときからダンス漬けの日々だからべスはそれを考える力も最後には気付く余裕すらも無かったのかな…
ニナは、セリフにもあったけど、「役に潰されていった」
バレエはすぐに踊りに変化や結果が現れるものではないと思う
酒とかドラッグとかそんなささやかな刺激では何も変われないと思う
例え自分自身の経験として理解をしても踊りに表現するのはまた別次元の問題
だから最後にニナが本当の死を選び演じた白鳥も私は最早考えたくない
彼女は最後に「パーフェクト」と言って死んでいった、何よりも確信的なこと、だけどそこまでも自分自身を追いつめる必要があるの?観客は本当にそういうニナの踊りを望むの?例え周りが望んだとしても、ニナを愛する人は望まないはず、お母さんは最後にニナを止めたよね
すごく切なくて、口が聞けなくなる作品でした
観てる間はアメリカ映画だし、ホラー的な部分ややっぱりバレエを見慣れてるからポートマンの踊りで醒ましてもらってる部分があったけど、冷静にストーリーをだけを今考えてみると切なくて辛くて悲しい、でもきっとそこから何か素晴らしいものが生まれれば…と思います
私のブラックスワンの感想でした



