今更ではあるけれど、一体人間はなぜ生きているのか、ということを青臭く考えることが、この平成28年ではマイナーになってしまった。書店に行けばなるほどハウツーものの本が「自己啓発」コーナーなどに並んでいるが、この種の本を100冊読むより、古典を1冊100回読むほうが1000倍も有益のように思う。
多読は大事、でも精読も大事。速読も本によっては有益。雑誌も情報源として有益なものも多いと思う。
情報過多の世の中で、不要な情報を排除し、有益な情報だけを抑えることは現代人にとって必須の作業だ。
とはいうものの、何が何に有益なのか?
それは、人が良く生きるために有益である情報だ。
その情報とは、究極を言えば「思想」のことだ。考え方のことだ。
経済的な成功、あるいはお金がほぼすべての価値判断の基準になってしまった現代に、少しづつ少しづつ懐疑を持つ人たちが増えてきた。「資本主義」は崩壊した今、人間は次の「思想」を求めている。
中谷巌さんがある著書の中で経済人類学者のポランニーという人の言葉を紹介している。
「市場経済のもとでは、自由も平和も制度化することができなかった。というのは市場経済の目的は利益と繁栄を作り出すことであり、平和と自由を作り出すことではないからである。」
ブータンの幸福指数を出すまでもなく、精神的な豊かさを人は求めて止まない。
そこで、古典だ。豊かさとは何か?よく生きるとは何か?
自分だけでなく、周りのひとも豊かに幸せにする考え方を学ぶのに「致知」はとても良い本だ。
何年も前から気になっていた致知をようやく最近手にすることが出来た。めぐり合いに感謝。
何と支離滅裂な文章か。反省。