ア太郎のブログ

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好きな音楽のことを中心に、いろんなことを書くつもり。

当面は、1972年から1981年に米国のNBCテレビで放送された「ミッドナイト・スペシャル」について出演者やプレイリストなどを投稿する予定。

初回放送日:1975年12月26日


ホスト:
・ヘレン・レディ(26度目)149
(1941年生まれのオーストラリア生まれのポップス歌手。1972年の全米第1位楽曲 「私は女」は、当時盛んだった「ウーマンリブ運動」の象徴の一つとなった。晩年は認知症を発症し、2020年死去。当番組にはホストとしても度々登場した。特にエピソード129から一時期、毎回のようにゲスト・ホストとして出演した時期があった。)

・ドリー・パートン(初)
(1946年テネシー州ピットマンセンター生まれ。シンガーソングライター、女優。1956年、デビュー。世界中で1億枚以上のレコードを売り上げており、「カントリーの女王」と呼ばれる。代表曲はホイットニー・ヒューストンが取り上げた「アイ・ウイル・オールウェイズ・ラヴ・ユー」、オリヴィア・ニュートン・ジョンが取り上げた「ジョリーン」、「9時から5時まで」など。2026年1月16日、80歳の誕生日に新曲を発表している。)

・チャーリー・リッチ(5度目)132
(1932年アーカンソー州生まれ。カントリー系のシンガー・ソングライター。代表曲は、「朝やけの少女」など。1995年、死去。)

ゲスト:
・レオ・セイヤー(6度目)126
(1948年、イギリス、ウェスト・サセックス州ショアハム出身のシンガーソングライター。1973年にデビュー。70年代を中心にヒット曲をリリースした。代表曲は、「恋の魔法使い」「遥かなる想い」など。近年はオーストラリアのメルボルンに住んでいるようだ。)

・ロイ・ウッズ・ウィザード(初)(EP95にて、ロイ・ウッドの出演あり)
(1947年、イングランド、ウォリックシャー州生まれ。ミュージシャン、シンガーソングライター、プロデューサー、作曲家。「ザ・ムーヴ」「エレクトリック・ライト・オーケストラ」に在籍後、1972年にソロと並行して「ウィザード」を結成。「ウィザード」2枚のアルバムを発表後、サード・アルバム(2000年に発売)完成後、1975年に解散。以後、マイペースで活動。現況は不明。ウィザード時代の楽曲、「アイ・ウィッシュ・イット・クッド・ビー・クリスマス・エヴリデイ」は、英国で最も再生されたクリスマス・ソングの一つ。)

・アラン・プライス(2度目)71
(1942年、イングランド、ワシントン州ダラム郡ファットフィールド生まれ。キーボード奏者。1961年、デビュー。1963年、アニマルズの創設に参加。1965年、脱退。ソロ活動の傍ら、アラン・プライス・セットを結成。2000年以降は目立った音楽活動はないようだ。)


・トリビュート:エマーソン、レイク&パーマー

・モンタージュ・ヴィデオ:ジャン&ディーン「サーフ・シティ」


次回、エピソード151は、1976年1月2日に放送されたようだが、内容は不明。過去のエピソードのいずれかが再放送されるようだ。もしかすると、1976年1月9日に放送された、エピソード152が放送されるかもしれない。その時は、ホストがヘレン・レディ、ジョーン・バエズ、ELO。ゲストがグレン・キャンベル、アース、ウィンド&ファイア、フレディ・フェンダー、ジャニス・イアン、ラベル、ミニー・リパートン、ニール・セダカ。ゲストの多さなどから見て、評判の良かった演奏などを再放送する回なのかもしれない。お楽しみに♪

(2026年2月15日追記:今回のエピソード150の映像で、レオ・セイヤーの歌唱の後に、次週予告のテロップが流れ、「ゲスト・ホストはポール・アンカ、ゲストは、ジェイムス・ブラウン、ブラウンズヴィル・ステイション、ザ・ゲス・フー、オハイオ・プレイヤーズ、ザ・タイムス」という趣旨の案内がなされた。ウルフマン・ジャックが口頭で同様に説明した。このことから推察すると、1974年10月18日初回放送のエピソード90がエピソード151として放送され、同エピソード内で次週予告として、エピソード152の内容が画面上のテロップ、およびウルフマン・ジャックのアナウンスで発表されるのではないかと思われる。)

 


ttps://www.youtube.com/@themidnightspecialtvshow

 

プレイリスト:

・ウルフマン・ジャック(オープニング)

・ヘレン・レディ「サムホエア・イン・ザ・ナイト」

・(イントロ)

・(エマーソン、レイク&パーマー・トリビュート)

・チャーリー・リッチ「ミッドナイト・ブルース」

・ジャン&ディーン「サーフ・シティ」(サーフィンの映像、独自映像、レコード音声)

・レオ・セイヤー「アナザー・タイム」

・ロイ・ウッズ・ウィザード「ディス・イズ・ザ・ストーリー・オブ・マイ・ライフ」

・ヘレン・レディ「レイディチェイン」

・チャーリー・リッチ「オール・オーヴァー・ミー」

・アラン・プライス「ジャロウ・ソング」

・ドリー・パートン「ウィ・ユースト・トゥ」

・ロイ・ウッズ・ウィザード「フォーエヴァー」

・アラン・プライス「シティ・ライツ」

・ヘレン・レディ「アイ・アム・ウーマン」(クロージング/クレジッツ)

 

・ヘレン・レディの「サムホエア・イン・ザ・ナイト」は、リチャード・カーの作曲、ウィル・ジェニングスの作詞による楽曲。1975年に彼女が全米シングル・チャートで最高位17位を記録するヒットとなった。この曲は、同年、作曲者のリチャード・カーやバットドルフ&ロドニー、イボンヌ・エリマンがアルバムに収録した上でシングルとしても発表、キム・カーンズもアルバムに収録した。1978年にはバリー・マニロウがアルバムに収録し、シングルとしてもリリースした。

初回放送日:1975年12月19日

 

ホスト:

・ヘレン・レディ(25度目)148

(1941年生まれのオーストラリア生まれのポップス歌手。1972年の全米第1位楽曲 「私は女」は、当時盛んだった「ウーマンリブ運動」の象徴の一つとなった。晩年は認知症を発症し、2020年死去。当番組にはホストとしても度々登場した。特にエピソード129から一時期、毎回のようにゲスト・ホストとして出演した時期があった。)

 

・ぺトゥラ・クラーク(初)

(1932年、イギリス、イングランドはサリー州エプソム生まれ。歌手、女優。1942年11月、BBCラジオに急遽出演したのがきっかけで、その後ドラマなどで子役として活躍。1947年からは音楽活動も始める。1960年代が活動のピーク。代表曲は「恋のダウンタウン」。2000年以降もマイペースに活動を続け、2025年には自伝が出版された。)

 

・ピーター・フランプトン(2度目)134

(1950年、イギリス、ケント州ベッケナム生まれ。ミュージシャン、ソングライター。ジャンルはロック。1966年、ロック・バンド「ハード」に加入。リード・ギターとヴォーカルを担当する。1969年には「ハンブル・パイ」に加入し、並行して他のミュージシャンのレコーディングに参加する。「ハンブル・パイ」は1971年に脱退し、ソロ活動を始める。1972年から3枚のアルバムを発表し、並行してツアーを精力的に行った。そして、1976年に発表したライヴ・アルバム「フランプトン・カムズ・アライヴ」は英米で大ヒット、同年のベスト・セラー・アルバムのひとつになった。その後は寡作の人となったが、現在も地道に活動中のようである。)

 

ゲスト:

・オハイオ・プレイヤーズ(6度目)143

(1959年にオハイオ州デイトンで結成されたファンク・バンド。結成当時は「オハイオ・アンタッチャブルズ」と名乗っていた。メンバー・チェンジや解散などを繰り返した後、1974年にマーキュリー・レコードに移籍した頃からヒット曲を連発するようになる。1980年代後半より新作の発表はなくなるも、ライブ活動は継続していたが、2002年頃、解散したようだ。)

 

・コットン、ロイド&クリスチャン(初)

(1970年代前半にアメリカで結成されたソフト・ロック・バンド。アメリカのシンガーソングライターであるマイケル・ロイド、オーストラリアのシンガーソングライターであるダリル・コットン、アメリカのシンガーソングライターであるクリス・クリスチャンのトリオ。1975年、初アルバムを発表。デル・シャノンの「アイ・ゴー・トゥ・ピーセズ」が全米でチャートインした。翌年、2枚目のアルバムを発表し、その後解散した。その後は、それぞれ、ソロやソングライターなどで活動を続けた。コットンは2012年、死去。)

 

・ヒッツ・オブ・ザ・ウィーク:「セルロイド・ヒーローズ」ザ・キンクス

 

・ミュージシャンをたたえるコーナー:ジョニー・キャッシュ

 

次回、エピソード150は、ホストがヘレン・レディ、ドリー・パートン、チャーリー・リッチ。ゲストがアラン・プライス、レオ・セイヤー、ロイ・ウッズ・ウィザード。楽しみ♪

 

https://www.youtube.com/@themidnightspecialtvshow

 

プレイリスト:

・ヘレン・レディ(オープニング)

・ペトゥラ・クラーク「マイ・ラヴ」

・ヘレン・レディ&ぺトゥラ・クラーク「スーパー・ラヴィング・レディ」

・(ジョニー・キャッシュ・トリビュート)

・ヘレン・レディ「ベスト・フレンズ」

・オハイオ・プレイヤーズ「ラヴ・ローラーコースター」

・ザ・キンクス「セルロイド・ヒーローズ」(ヒッツ・オブ・ザ・ウィーク、レコード音源、番組オリジナル映像)

・ピーター・フランプトン「ショウ・ミー・ザ・ウェイ」

・同上「ベイビー・アイ・ラヴ・ユア・ウェイ」

・コットン、ロイド&クリスチャン「アイ・キャン・シング・アイ・キャン・ダンス」

・ヘレン・レディ「ホエア・イズ・マイ・フレンド?」

・オハイオ・プレイヤーズ「ハニー」

・コットン、ロイド&クリスチャン「アイ・ゴー・トゥ・ピーセズ」

・ピーター・フランプトン「ドゥー・ユー・フィール・ライク・ウイ・ドゥー」

・ヘレン・レディ「アイ・アム・ウーマン」(クロージング/クレジッツ)

 

・ピーター・フランプトンがエピソード134に続き、2度目の登場。当時大ヒットした2枚組アルバム「フランプトン・カムズ・アライヴ」からシングルカットされ、それぞれヒットした3曲を披露した。もっともヒットした1曲目、後年、ウィル・トゥ・パワーやビッグ・マウンテンがカヴァーした2曲目、トーキング・モジュレータ―を駆使した3曲目。いずれも強く印象に残っている。

 

・キンクスの「セルロイド・ヒーローズ」は、ハリウッドの「グローマンズ・チャイニーズ・シアター」の前庭のセメント・タイルに氏名や手形、足形が刻まれているようなスターたちの栄光と挫折を思いを馳せながら、リーダーのレイ・デイヴィスが1972年が作詞・作曲した楽曲。歌詞には、グレタ・ガルボ、ルドルフ・ヴァレンティノ、ベラ・ゴルシ、ベティ・デイヴィス、マリリン・モンロー、ジョージ・サンダース、ミッキー・ルーニーといった、7名のスターの氏名が織り込まれている。

初回放送日:1975年12月12日

ホスト:

・ヘレン・レディ(24度目)147

(1941年生まれのオーストラリア生まれのポップス歌手。1972年の全米第1位楽曲 「私は女」は、当時盛んだった「ウーマンリブ運動」の象徴の一つとなった。晩年は認知症を発症し、2020年死去。当番組にはホストとしても度々登場した。特にエピソード129から一時期、毎回のようにゲスト・ホストとして出演した時期があった。)

 

・アン・マレー(5度目)75

(1945年生まれ、カナダ、ノバスコシア州スプリングヒル出身のポップスやカントリーをレパートリーとする歌手。「スノー・バード」は1970年全米第8位のヒット曲。その後は、全米第1位になった「辛い別れ」をはじめとして、多くのヒット曲を送り出す。現在の音楽活動は不明だが、公の場にはしばしば登場している。)

 

・ルーファス・フィーチャリング・チャカ・カーン(5度目)118

(1970年にシカゴで結成されたファンク・バンド。元々は1968年に「ベンド・ミー・シェイプ・ミー」をヒットさせたバンド「アメリカン・ブリード」のメンバーが新たに結成させたバンドが母体となっている。1973年にチャカ・カーンがヴォーカル兼ソングライターとして加入した頃から注目を集め、「テル・ミー・サムシング・グッド」の大ヒット、グラミー賞受賞に結びついた。1978年頃からカーンのソロ活動の本格化と成功により、バンドは彼女抜きでアルバムを制作することが多くなり、1983年の作品を最後に正式に脱退した。その後、バンドは解散、カーンはソロ活動を続け、数多くのヒットを生み、現在も活動中である。)

 

ゲスト:

・ジョージ・ミラー(初)

(1941年ロサンゼルス生まれ。スタンダップ・コメディアン。1960年代にデビュー。皮肉なウィットを持つ「クリーン・コメディアン」であり、ショービジネスや時事問題に言及することが多かった。デヴィッド・レターマンの冠番組に度々登場し、ふたりは公私とも良き友人であった。2003年、死去。)

 

・ジョニー・リヴァース(3度目)133

(1942年ニューヨーク生まれ。14歳の頃,バンドを結成。レコードもリリースする。1964年に「メンフィス」が全米第2位の大ヒット。その後も有名曲のカバーやテレビ・ドラマ「秘密諜報員」の主題歌などが全米チャートをにぎわす。その一方で、ソングライターなどの制作の仕事でも才能を発揮した。近年の動向は不明。)

 

・ザ・ホイットニーズ(初)

(名士の一族、「ホイットニー家」とつながりがあるかどうかは不明。「ホイットニー・ファミリー」とも呼ばれる。ルイーズ・ホイットニーは17歳でオレゴン州ポートランドでデビュー。1960年代はソロモン・バークやジョニー・オーティスらと共に、ツアーを行う。以後、兄弟や子孫、親族などと共に、1970年代を中心にロサンゼルスを拠点に活躍。時にはアメリカ国内や海外に「ファミリー」単位でツアーを行っている。「ホイットニー・ファミリー」は、1990年ごろまで活動していて、その後はソロとして独立したようだ。ルイーズは2009年にラスベガスへ移住。音楽活動が続いた。他のメンバーは、1970年代から2010年代にかけて、ショービジネス界などでそれぞれ活動していた模様。近況については不明。)

 

・ミュージシャンをたたえるコーナー:ゴードン・ラインフット

 

・過去のヒット曲を独自映像で紹介するコーナー:ジェイムス・テイラー「ユーヴ・ガット・ア・フレンド」

 

次回、エピソード149では、ホストがヘレン・レディ、ぺトゥラ・クラーク、ピーター・フランプトン。ゲストがオハイオ・プレイヤーズ、コットン、ロイド&クリスチャン。楽しみ♪

 

https://www.youtube.com/@themidnightspecialtvshow

 

プレイリスト:

・アン・マレー(オープニング)

・ヘレン・レディ「キープ・オン・シンギング」

・グレン・キャンベル「カントリー・ボーイ(ユー・ガット・ユア・フィート・イン・L.A.」

・アン・マレー「ブルー・フィンガー・ルー」

・アン・マレー&ジョニー・リヴァース「ユー・ウォント・シー・ミー」

・ジェイムス・テイラー「ユーヴ・ガット・ア・フレンド」(番組独自の映像、レコード音源)

・ルーファス・フィーチャリング・チャカ・カーン「スウィート・シング」

・(ゴードン・ライトフット・トリビュート)

・アン・マレー「サンデイ・サンシャイン」

・グレン・キャンベル「マイ・ガール」

・ヘレン・レディ「ゲット・オフ・ミー・ベイビー」

・ルーファス・フィーチャリング・チャカ・カーン「フールズ・パラダイス」

・同上「ワンス・ユー・ゲット・スターティド」

・ジョージ・ミラー(スタンドアップ・コメディ)

・ザ・ホイットニーズ「アイ・ガット・ア・ミュージック・イン・ミー」

・同上「アイ・ニード・ユア・ラヴィング・エヴリデイ」

・ヘレン・レディ「アイ・アム・ウーマン」(クロージング/クレジッツ)

 

・「ザ・ホイットニーズ」がわからず、検索しても、世界の名家としての「ザ・ホイットニーズ」はヒットするけど、音楽界の「ザ・ホイットニーズ」は見つからない。悪戦苦闘の末、上記の紹介のようなグループではないかという結論に至りました。間違っていたら、ごめんなさい。1970年代に流行した、ファミリー・グループのひとつということかな。

 

・いつもだったら、YOUTUBEのコメント欄に必ず、常連リスナーさんが、当日の放送順のプレイリストを掲載してくださるのですが、今回はまだアップされていません。もう止めちゃうのかな。自分は、それを見て参考にしていたので残念なのですが、まーしょうがないですね。

フィル・コリンズ 現在は24時間体制の住み込み看護師を必要としていることを明かす - amass

https://amass.jp/187369/

 

2022年に音楽活動からの引退を表明している。身体的には、腎臓と膝が大変なことになっているようで、その他にもいくつかの病気を抱えているらしい。

 

ステージに立つことは無理でも、前向きに生き続けてほしい。

初回放送日:1975年12月5日

 

ホスト:

・ヘレン・レディ(23度目)146

(1941年生まれのオーストラリア生まれのポップス歌手。1972年の全米第1位楽曲 「私は女」は、当時盛んだった「ウーマンリブ運動」の象徴の一つとなった。晩年は認知症を発症し、2020年死去。当番組にはホストとしても度々登場した。特にエピソード129から一時期、毎回のようにゲスト・ホストとして出演した時期があった。)

 

・ナタリー・コール(初)

(1950年ロサンゼルス生まれ。シンガーソングライター、女優。父は歌手のナット・キング・コール。1975年、デビュー。代表曲は「ジス・ウィル・ビー」など。1976年、東京音楽祭のために来日。グランプリを受賞。1980年代にセールスの落ち込み、麻薬中毒による活動休止など、不遇の時を過ごす。1988年、「ピンク・キャデラック」で復活、1991年、父のカバー集「アンフォゲッタブル」が大ヒット、同名のシングルでは父の歌った音源とのオーバーダブによる共演が話題になった。2008年、C型肝炎感染を公表、腎臓移植手術を受けた。2015年、死去。)

 

・ザ・ビー・ジーズ(9度目)139

(英国王室属領マン島で生まれたギブ三兄弟を中心とする男性ヴォーカル・グループ。長男のバリーは1946年生まれで、大半の楽曲は彼が作った。主にリード・ヴォーカルを担当。1949年生まれの次男のロビンと三男のモーリスは二卵性双生児。ロビンはリード・ヴォーカルを取ることもあった。モーリスはライブバンドのバンドマスターであった。1950年、一家はマンチェスターに移住、教会の合唱団に所属し、音楽のキャリアをスタートする。その後1958年、父の仕事の都合で豪州のブリスベンに渡り、プロとして活動を開始する。1960年にはテレビやラジオで冠番組を持つようになり。1963年にはレコード・デビュー、次第に国民的人気を博すようになる。そして1967年には世界的なデビューを果たした。1977年の映画「サタデイナイト・フィーバー」の大ヒットでその人気は頂点に達した。その後は、グループでの活動と並行して、バリーは他のアーティストへの作品提供やプロデュース、ロビンはソロ活動を積極的に行った。2003年にモーリス、2012年にロビンが死去。バリーは自らのソロ活動のほか、楽曲制作、プロデュース業などで活動中のようである。)

 

・オリヴィア・ニュートン・ジョン(4度目)110

(1948年、イギリス、ケンブリッジ生まれ。シンガーソングライター、女優、活動家。代表曲は、「愛の告白」、「フィジカル」など。映画にも出演し、代表作は「グリース」、「ザナドゥ」など。1990年代より乳がんの告知を受け、闘病の傍ら、がんやその他の健康問題の提唱者となり、スポークスパーソンとして社会に貢献した。2022年、死去。)

 

ゲスト:

・ミッキー・ギリー(初)

(1936年、ミシシッピ州ナチェズ生まれ。歌手。俳優。歌手のジェリー・リー・ルイスはいとこにあたる。1957年、デビュー。1970年代、1980年代が活動のピークであった。映画「アーバン・カウボーイ」では、ベン・E・キング、ジョン・レノンで知られる「スタンド・バイ・ミー」をカントリー風にアレンジして、ヒットさせた。2022年、死去。)

 

・ニール・ダイアモンド(独自映像・レコード音源)「アイ・アム...・アイ・セッド」?

 

・ミュージシャンをたたえるコーナー:ロッド・スチュワート

 

・特別言及・出演-アラン・オデイ(ヘレン・レディの1974年全米第1位「アンジー・ベイビー」作詞・作曲)

 

次回、エピソード148は、ホストがヘレン・レディ、アン・マレー、ルーファス・フィーチャリング・チャカ・カーン。ゲストがグレン・キャンベル、ジョージ・ミラー、ジョニー・リヴァース、ザ・ホイットニーズ。楽しみ♪

 

https://www.youtube.com/@themidnightspecialtvshow

(当エピソードの公開は、たぶん日本時間の2026年1月24日午前10時以降になると思われます。)

 

プレイリスト:

・ヘレン・レディ(オープニング)

・ザ・ビー・ジーズ「ナイツ・オン・ブロードウェイ」

・オリヴィア・ニュートン・ジョン「レット・イット・シャイン」

・ニール・ダイヤモンド「アイ・アム・...・アイ・セッド」(番組独自映像、レコード音源)

・ナタリー・コール「ディス・ウィル・ビー」

・(ロッド・スチュワート・トリビュート)

・オリヴィア・ニュートン・ジョン「ヒー・エイント・ヘヴィー・ヒズ・マイ・ブラザー」

・ミッキー・ギリー「ホンキー・トンク・ワイン」

・ザ・ビー・ジーズ「ヒッツ・メドレー:

ニュー・ヨーク・マイニング・ディザスター・1941

~ラン・トゥ・ミー

~ワールド

~ホリデイ

~アイ・キャント・シー・ノーバディ

~ハウ・キャン・ユー・メンド・ア・ブロークン・ハート」

・ナタリー・コール「インセパラブル」

・ヘレン・レディ「ドント・ユー・メス・ウィズ・ア・ウーマン」

・ザ・ビー・ジーズ「ジャイヴ・トーキン」

・ナタリー・コール「ユア・フェイス・ステイズ・イン・マイ・マインド」

・ヘレン・レディ「アー・ユー・オルライト?」

・アラン・オデイ(オナラブル・メンション&アピアランス)

・ミッキー・ギリー「イフ・ユー・ワー・マイン・トゥ・ルーズ」

・ヘレン・レディ「アイ・アム・ウーマン」(クロージング/クレジッツ)

 

・ザ・ビー・ジーズの映像は、エピソード135および139と同一の映像のようですね。メドレーの順番は、あのライヴ・アルバムと同じかな?

 

・この頃のナタリー・コールは、いきいきとしてますね。この後、東京音楽祭で来日したり、一時ドラック禍などで低迷した時期がありましたが、「アンフォゲッタブル」などで復活しました。闘病の末、2015年に亡くなりましたが、素晴らしい歌声を聴かせてくれました。