虐英 神の間3 | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 どうやらもうアキラがどこか別の世界に送り込まれ、そこで神様の真似事をさせられるということは、男の中では規定事項のようだった。アキラはため息を吐きながら、仕方がなく言う。
「じゃあ聞かせて」
「俺が選んだ中でもとびきりの異端者だ。飛んだ先の世界で、それぞれ屠殺者と星母という通り名を得た」
「屠殺者……」
 星母はともかく、屠殺者の方は響きからして凶悪だ。
「屠殺者が人間の頃は何にもできない気弱な屑だった。彼は表面上見るなら何の問題行動も起こさなかった。いつも俯いて歩いていた。高校生の頃、突っ込んでくるトラックに気付かず、ヤツはあっさりと跳ね飛ばされて死んだ。しかし、ヤツは死ぬその時までずっと考えていることがあった。人の殺害方法だ。屠殺者と呼ばれることになる男は、人が目に入る度にその殺害方法を考えるような男だった。一人につき三つの殺す方法を考えた。男が嫌いな相手なら百種類は殺す方法を考えた。しかし、その生涯で誰かを殺すことなんてなかったし、暴力を振るうことすらなかった。男の殺意はただ内面で醸成されていただけだった。こういうただの妄想野郎は幾人か選別したことがあるが、新しい世界に送っても何にもできない腰抜けで終わることもある。不発弾だ。だが、現実での行動に縛られない分、新しい世界に移った時、妄想を現実にすることに躊躇を覚えないタイプは一気に開花する。屠殺者はその類だった。屠殺者は新天地で目覚めた瞬間に人を殺していた。水を得た魚さ。いや、ある種の機械のようだった。彼は殺して殺して殺した。殺し尽くした。ありとあらゆる殺人方法を試し、ありとあらゆる人間を殺した。その過程で屠殺者は殺人という概念そのものを追求しているように見えた。そして、とうとうヤツは人間をやめた」
「人間をやめたってどういうこと?」
 これは自分に待ち受けている運命の話でもある。アキラは流石に聞き逃がすことができずに、口を挟んだ。
「器になった人間は人間が発想することならなんでもすることができる。時空を超越した宇宙の種を有した人間なら、時間を飛び越えることすら可能だろう。しかし時として器は、その願望を叶え続ける内に、人間の枠組みに収まることができなくなってしまう」
「一体どうなるの?」
「器によるが……屠殺者の場合はより人を殺しやすい形に変化した。いや、進化したと言った方がいいかな」
「違う生物になった」
「器の変化した姿が単純な生物と言えるかは俺にもわからん。お前のいた現実でわかりやすいように喩えるなら、屠殺者は惑星を覆う疫病のような状態になった。そして、惑星そのものを溶かし尽くし、他の惑星へと向かった。屠殺者は、宇宙を覆い尽くす病害になったんだ」
「まるで神話みたいだね」
「これを神話と思うのがお前らしいというか……お前の神への認識は歪んでいる」
「だから選んだんでしょ?」
「言うねえ。じゃあ次は星母の話だ」
「うん」