君の瞳の中・本編三(続く) | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。



 そうして日は流れ、土曜日になった。こうして僕は、ナゾの森林の中にあるナゾの洋館に住む、ナゾの住人を依頼主としたナゾの仕事を手伝うことになったワケだ。だが、そんな風にナゾを無駄にくり返してしまうくらいに(そんなカラ元気なハイテンションの振りをしなければやってられないくらいに)、僕は正直なところ、怯えていた。
 お姉さんとは花屋の前で合流してから、店から白いワゴン車にかなり大量の花を積み込んだ(ちゃんと数を数えたワケではないけれど、少なくとも二、三十鉢はあったはずだ。普通の一般家庭ではどう考えてもまかないきれないというか、そもそも置ききれない量である)。
 その時点では、普段から度々こんな量の花の注文をするなんて、洋館の主はさすがにお金持ちなんだなあ、くらいの感想だったのだが……。
 白いワゴンの助手席に乗っけてもらい、実際に洋館を囲む森に近づいてくると、僕の気分は暗く沈んできた。
 深くて暗い森だ。
 本当に日差し一つ差し込む気配がない……噂を聞いていただけで、実際に来たのは初めてなのだが、なかなかどうして雰囲気がある。
 というか雰囲気があり過ぎだろ勘弁してくれよ僕はホラーが嫌いなんだよ嫌いっていうかぶっちゃけ怖いんだよなんでこんなに暗いんだよ暗過ぎだろありえないだろ洞窟の中じゃないんだぞ魔界かここは……という感じだ。
 暗いせいで余計に思考が空回りする。
 この樹々の群れは、俯瞰して見れば、森というほどの広さではないはずなのだが。
 しかしその代わりと言ってはなんだが、まるで洋館とその外を完全に世界として隔離しているかのように、密集度が高過ぎる。
 気分が重い……だけではなく、井戸の底にいるように、空気さえも重いように感じてしまう。
 洋館に近づけば近づくほど、樹々はその色濃さを増していくように思えた。
 僕は洋館の主は取りあえず金持ちだと考えていたのだけれど、それに加えてこの重圧感を好んでいるというのなら、かなりの根暗な陰気男なのは間違いないと感じた。
 うーん、男?
 そもそも、僕は『洋館の主』という響きや、ドラキュラ伯爵が棺桶で孤独に寝ている、という勝手なイメージから、洋館に住む人間を一人と決めつけていたけれど、別にそうとは限らないよな……というか、単純に考えて、館と呼ぶほどに広い屋敷には、家族で住みそうなものだし、その生活を支える召使的存在だっていそうなものだ。
 ただ、逆に洋館の主が家族を持っていると仮定して、この環境に住むというセレクトはいかがなものだろうか――家族は絶対に喜ばないだろう。
 そもそも第一印象のお金持ちというのが正しかったとして、例えば僕がそれだけ資金がある状態だったら、こんな家に住もうとは思わない。土下座して頼み込まれたって、ごめんこうむりたい。家族と同居するのなら尚更のことだ。そういう暖かさとか健全さとは真逆の環境に思える。
 ……もしかして、すごく横暴で、家族の意見なんて聞かない、君主のように君臨する旦那さんなんだろうか? どうしよう、なんか僕のイメージの中で、どんどん洋館の主がイメージの悪い人になっていくんだけど……まだ会ってもいないのに。
 というか、そもそも僕は余計なことを考え過ぎなのだ。
 よく、アイマスクをして考え事に集中するとか、寝起きは頭の働きがいいとか言ったりするけれど、この暗闇と静けさはそれらと同様に僕の思考をムダに加速させているようだった。
 不気味ではあるが、考え事には適した場所だったりするんだろうか……。