第38話。本物と偽物。
「ヒビヤッ、もう終わったんだ!」
ヒビヤの精神の限界点、周回21900回において、今度こそコノハはヒビヤのもう崩れそうな、その細い身体を抱きとめる。
その瞬間、コノハの『可能性改変』の能力が発揮され、以降のヒビヤの精神崩壊を前提とした、未来そのものが書き換えられた。
今度こそ救えた――コノハは涙ながらに祈りが届いたことを喜んだけれど、助けられたヒビヤの目にはまったく別の切実な物事が映っていた。
ヒヨリはもう自分の名すら忘れかけて、ただ誰かに手を引かれている。
そこは真っ暗な狭い細い、道だった。あまりに暗いので、ここは深い森なのかもしれない。あんまりにも暗すぎる。
まるで世界は黒色一色で出来ているかのようだった。
そこにはもはや太陽の光どころか、一寸の人工の光すら存在し得ないのではないか、と想われた。
ヒヨリは誰かに手を引かれていて、そこに仄かな安心感を覚える。もう忘れてしまった記憶と繋がるからかもしれない。
でもそんな誰かも『黒色』で出来ているのだった。
――何故か、すべてが偽物なのではないか、という気がした。
そんな気がした理由も、ヒヨリには分からなかった。
そして。
事態は唐突に展開した。
深く覆われた森の並木の左方が突然吹き飛び、力強い目を焼くような陽光がヒヨリの目を貫いた。
「お前みたいな偽物が、ヒヨリの手を引いてんじゃねえよっ!」
同時に飛び込んできた少年は、飛び込んだその勢いを左の軸足に溜め、そこから右足を踏み出すと共に渾身の右拳を『影』にぶち込んだ。
『影』はまるで砂で出来ていたようにサラサラと解けて消えてしまう。
「ヒヨリもヒヨリだよ!」
ヒヨリは信じられないものを見ているような気分だった。
「俺たちの暮らしてた世界は、こんな偽物なんかじゃない! さあ――行こう」
手を差し伸べてくる少年の記憶はなかった。
全部塗りつぶされたはずだった。
すべてはノイズに塗れて判別は付かなくなったはずだった。
ヒヨリにとっての世界は、すべて『暗闇』に飲み込まれたはずだった。
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ひ……%■・□/びや……?
%■・□/……ひびや。
ひびや……ヒビヤ。
ヒビヤ!
それでもその名前は消し去ろうと心にあり。
彼女の世界は、混沌から1つの名前に収束した。
「やっと、想い出した!
これまでずっと待ってたよ! 長かったんだから!」
ヒヨリはヒビヤに飛びつくように抱きついて、彼はそんな彼女に、頬を掻きながら照れたように顔を赤くした。