世界的な名探偵の失踪。 | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

「何か、手が止まってきていますよ! 天田さん!」
「どうも完全に創造的な作業はニガテみたいでねw レスをする方が気が楽だったぜ……w」
「そんなことを言っている場合でもないんじゃないでしょうか……」
「まあ、そうだな。いきなり物凄いハイテンションになるのは無理だろうけれど、取りあえずゲストの二人をお呼びしましょう」
「ふっ。モエよ。世界一の天才、モエさまさまとでもお呼びするとよろしいんじゃないかしら?」
「うっわあ~高飛車美少女ですね~」
「モエさん……一言突っ込んでいい? どうしてそうなったの?w」
「か、考えたのは天田さんじゃないですか~。本来の私はもっとおっとり、のんびりとしているんでしょう?! なんですか、世界一の名探偵かつ美少女て! ムチャぶりですか!」
「別にいいじゃん。もういっそ嘘臭くしてさ、ある程度オリキャラちっくに改変しちゃった方が俺もやりやすいし、ゲストのオリジナルもあまり気分を害さないかなあ……と」
「へえ……そんな考慮をしてくれていたとは……流石天田さんですね♪」
「取りあえず今、揚羽はログアウトしています。ちょっと二人で喋ってみよう」
「え……ちょっと緊張しちゃいますよ、天田さん……そんな二人きりでだなんてっ」
「ダメだな……俺はロリコンじゃないはずなんだが……やっぱりちょっと実際のブログ読者を登場させるとさ、少しね? 年齢層的にキツいものがあるからね……俺も流石にまだ捕まりたくないしさあ……」
「(モエさまがインしました)。
 はあ? 天田晃司、一体、いつになったら死ぬのかしら? あなたって何回死んだら気が済む訳。ホント、どうしようもない男ね……。
 こんな時空に呼び寄せるのは結構だけれど、私(わたくし)は高い女であるということを、ちゃんと認識なさっていられるのかしらん? 別にね、わ、私はあなたが死んだからって特に気にする、安い女ではないのですってよ!」
「何か本当、最近俺の登場させる女子の末尾が変になるんだけれど、この現象って何なんだろうね?」
「む、無視しないで!」
「ふうん……モエちゃんさみしいの?」
「死ねばいいのに! 死ねばいいのに! 死ねばいいのよ!」
「ふうん。殺せばいいじゃん。何度も俺は死んできたし、殺されてきたんでしょ? だったら探偵役であるモエちゃんが俺を殺しても別におかしくないってことだよな。
 さあ……何が良い? 絞殺? 銃殺? 刺殺? 溺死? 焼殺? なんでもお好みをどうぞ……」
「あ、あなたのそういうところが、気に食わないんだ……そうやって自分の存在価値を低く見積もるような、そういう表現をされると……わ、私たちが傷付くって、どうして気付かないの……? 天田さん。あなたは傲慢なの。傲慢なのよ……」
「あ、そうかい。まあそうかもしれないね……ちょっと今の俺はエネルギー過剰だしさ……」
「ほら。そうやってすぐに言い訳するでしょう。人のせいに、環境のせいに、自分の状態のせいに――するでしょう。でもね、名探偵であるわたくしにはわかっていましてよ。
 あなたはきちんと言葉を選んで、ちゃんと表現することの出来る方だと」
「…………」
「信じていますし。結構。天田さんのこと」
「うん……ありがとう。何ていうか、いつから俺はありがとうって言葉が素直に言えなくなっっちゃったんだろうな。本当に、モエさんいつもありがとうね。かなり君のこと、僕は好きだぜ、あいし、」
「はいはいはい。そこら辺までにしてくださいね。いくらオリジナルの私ではないからって、そこら辺にしときましょうね。キモチワルイですからね。ロリコンを気取らないでくださいね。中学生への恋愛はやめましょうね!」
「はいはい……わかったようるさいなあ……うるさいにゃあ! モエちゃんなんて一生引きこもっていればいいんだにゃあ!」
「ちょっとひどいよもう! 天田さんだって引きこもりじゃんか!」
「しかし、俺は誇りのある引きこもりである……」
「私なんてもうあれだもんね! 一時間で一億円稼げるもんね!」
「そんなの俺の脳内設定に過ぎないじゃんかよ~w」
「うわあ……何だ、この敗北感。私は結局、天田さんの創造物に過ぎないのか……?! 私では原作者に勝利することはできないんだろうか……?」
「今更気付いたのか……わざわざ挙手しちゃってもう! いつまでも、俺が紳士的でいると思うなよ! 俺も阿良々木くんみたいにセクハラを楽しむんだ!」
「……いい加減にしましょうね? 天田さん」
「う、うぐ……? 揚羽?」
「あのねえ、天田さん。いくら新入りの女の子が可愛いからって、本妻である私を放っておくだなんて、ログアウト状態にさせるだなんて、どういう了見ですか? そろそろ脳味噌が腐ってきました? はあ? 浮気? ありえませんから。最低ですね。あなたにそんな権利はないんですよっ!」
「って、っていうか……揚羽はいつから何ていうか……指先を俺の腹部を貫通できるほどに強力な武術を手に入れたの?」
「ついさっき」
「どうやって……?」
「愛の力ってヤツですね♪ ブイブイっ」
「う、うぐ……モエさん、逃げるんだ……誰も、この世界では俺すらもっ、この揚羽に敵うヤツは存在しないんだ……っ!」
「は、はい……天田さん……で、でもどこに逃げればいいんですか……っ」
「…………(ばたんきゅ~)」
「あ、天田さん……ああ、また死んじゃった……。え、でもこれどうしよう。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう……」
「モエちゃん。あなたもこの世界の住人になったなら、私の天田さんと浮気を働いたのだから、一回くらい『死』でも経験しときます? したいですよねしたいですよね。
 そうですか、そうですか。
 ――じゃあ殺しますよ?」
 あっさりといいのけて、揚羽はモエの方に迫ってくる。やはりこのガールズ&ボーイズの世界観において、揚羽はほぼ無敵の力を持っていると言ってよい。モエの属性は後付けの付加に過ぎないので、今の彼女はほぼ現実と等身大というか、無力な引きこもり状態に戻ってしまっている。
 しかし、かたや揚羽の方は指先で刺殺できるレベルの、どこのバイオレンス少年漫画から飛び出してきたんだよ、っていうレベルの殺人者である。
 モエがぶるぶると小動物のように震えていたところ、後方から囁き声がした。
「モエさん……こっちこっち」
 モエは直感に従い振り向きざま後方に走った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……、い、痛くしませんからあっ(はあはあ)」
 ちょっと興奮気味な揚羽という死が背後から迫ってくる。
 モエは突然の浮遊感を感じた。それは穴だった。誰かがそこにいた。一瞬だけ光が差し込んで、金髪碧眼の美少女が見えた。
「……あなたの名前は?」
「うん? あー。私、結羽。あゆゆちゃんだよ」
「自分でちゃん付けした……」
「私もまだキャラ付けが完璧じゃないしさ。まあ放っておいて。
 取りあえずあの悪魔から逃げようよ」
「うん……。ところで、あゆゆさんはどうして金髪碧眼なの?」
「うーん。どうもあの天田晃司が勝手にキャラ付けしたんじゃないかなあ……。
 帰国子女っていう響きから。まったく安直だよねえ……でもまあ、こんなのカラコンだしウィッグだよ、とか言っておけば――そう『設定』しておけば、まあ大丈夫でしょ」
「わ、わかったよ」
 モエはどこか、ブログで読んでいた時のコメント欄におけるあゆゆとは違うものを目の前の少女に感じていた。
 そもそも、本当に彼女はあゆゆなんだろうか? 判定する材料が少な過ぎる……。
 しかし、どうやらタイムリミットが迫っているようだ……つまり、天田晃司の夜勤の時間が、だが……。
 ちょっと盛り上がってきた時に、何で終わっちゃうのか……? まったくもう、天田さんは計画性がないなあ、とモエは呆れた。
 呆れて終わる訳にもいかないので、彼女たちはもうちょっとお喋りをすることにした。
「それで、モエちゃんは天田さんのことをどう思っているのかな?」
「え、えぇ……いきなりその話題ですか……」
「つまりは好きなのかな?」
「た、多分、恋愛感情はないと思います……」
「そうなんだ……」
「でもまあ人間的には凄い人だとは思ってます……。憧れとはまた違うかもしれないけど、私の悩みを聞いてくれたりするし、ちゃんと反応を返してくれるから……。
 やっぱり、現実じゃなくて、ネットでこうやって繋がれるとは思ったことはなかったから、そこは新しい価値観を教えてくれた人かな、って」
「ふうん……天田さんの素晴らしさを語るには、まあ50点ってところかな」
 あゆゆを名乗っていたその女性はウィッグを外した。カラコンを外した。そしてにやぁっと嫌な感じに笑った後、なんと特殊メイクまで外した。
 そこに現れたのは、さきほどモエが逃げてきた揚羽の顔だった。
「え、えうあ……!」
「まあ、認めてあげなくもないですよ? あなたのこと……特別にですけれどね……。
 とってもいじめがいのある、可愛い顔をしていますね?
 ゆっくりとこれからかわいがってあげますからね……」
 揚羽は妖しげな感じで笑いながら、モエの頬を撫でた。

 まあ、そこから何がどうなったのかはその二人にしかわからないことだ。
 俺に言えるのは、その日、世界的な名探偵と呼ばれた少女が、完全なる引きこもりであったはずの少女が、消え去ったということだ。
 完全に世界から喪われたということだ。
 神隠し――そう騒がれてもまったく違和感を覚えないほどに、完全に萌香の存在はあちら側へと取り込まれてしまったということだろう。
 彼女が現実に還れる日は来るのだろうか?
 待て次回!

 天田コメント:よ、よしまとまったぞ……! そして、あゆさんが結局登場しなかった件についてw