ブログネタ:スポーツ選手への体罰へ意見 参加中体罰は有りか無しかといざ問われると返答に困るものです。
無しだと答えることが今の時代の流れからして正しいのかもしれませんが、素直に無しと言えないところが本音です。
体罰なのかはたまた指導の一環なのかどうかの基準も曖昧であり、指導者は「指導の一環だ」
と言うだろうし
被害者は「これは体罰だ」
と言うかもしれない。
とても難しい質問であります。
もしかするとブログねたの回答にそぐわないだろうし、すごく個人的な意見だから見ない方がよろしいかもしれませんが。
一応述べたいと思います。
スポーツの指導の一環として選手にきつくあたり、時には手や足をあげて指導をしたとして、選手のメンタルはいったいどんな状態にあるのだろうか。
という視点で考えました。
何度同じことをゆってもできない。
苛々がつのり出来ない選手に手をだす。
すると、どうだろうか。
その選手は「これができなくちゃいけない。出来ないとまた痛い思いをするはめになる。やらなくちゃやらなくちゃ!」
と自分の思いばかりがせんこうして(焦った状態)はたして成功すりだろうか。
この状態はただ恐怖に支配され身体中の筋肉が緊張し本来の自分の力を出せないのではないだろうか。
「叱る」ことはあるだろう。
しかし
「なぜ出来ないのか、選手はどう思っているのだろうか」
といったことをして、指導者側からの一方通行をなくせば良いと考える。
「選手が自ら自立する」
ことこそが真の強者、スポーツをやるものとして必要であり、指導者側も少しアドレスしたり、たまには選手が気づくのを我慢して見守ることが必要ではないかと僕は思います。
