第84章    離婚調停 | 或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

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不倫、生と死を見つめる、本当にあった壮絶な話

ある程度の財産の整理をし、仁は文字通り身軽になった。

もし倒産という事態になっても、妻から多額な慰謝料を請求されたとしても

もう自分には払えるものは何もない。

開き直った有責配偶者ほどタチの悪いものはないのだ。

そうして着々と離婚やら、計画倒産に向けて準備を進めていった。




実は水崎夫婦は、何度も離婚に向けての話し合いを重ねていた。

家族を捨ててからというもの仁は後悔と葛藤に苦しんでいたが

彼を話し合いに導かせたのは、悲しいかな千代の愛ではなく

「戻ってこられてもこっちは困る」

という本妻の自分に対する明確な意思表示によるものだった。

これによって

仁は戻る場所を失い、初めて自分のした事の大きさに気付いたのかもしれない。

別居期間が5年6年と長くなるにつれ

雪枝も子供たちも、仁と会うのを拒否し始めた。

拒絶は拒絶しか生まない。

仁は千代を選ばざるを得ない状況になって初めて雪枝に離婚を切り出したのだった。




仁の出した条件は、会社に関わる全ての財産、また負債を雪枝に譲るかわりに

今雪枝が独りで住んでいるあの夫婦共有名義の豪邸を自分名義に変えてくれという

仁にとってもっとも都合のいい条件だった。

仁からすれば、本妻にも愛人にも負債をおしつけ

自分だけのうのうと借金のない豪邸に住むという計画があったのだろうが

そんな条件を雪枝がのむはずがない。

上向きの会社ならまだしも、倒産寸前の会社など誰が欲しがるものか。

それこそ倒産してしまったら、従業員を路頭に迷わせ自分も一文無しになるではないか。

そんな不利な条件には応じられないと、雪枝は断固拒絶したが

仁は仁で、子供たちにやれるだけのものはやったし

好景気時代に雪枝名義で取得した不動産もいくつかあるだろうとその条件を譲らなかった。

二人の話し合いは平行線のまま仁の望んだ別居期間を迎え

ついに仁は家庭裁判所に調停の申し立てをしたのだった。






仁が千代の家に居ついてから、7年目の秋。

仁は以前から懇意にしていた、会社の顧問弁護士にこの泥沼離婚の調停を依頼した。

依頼する直前、兵糧攻め作戦に出るべく仁は雪枝の給与を半分に減額した上

雪枝の名で借りられる借金の極度額を引き上げた。

仁名義で今まで引き落としされていた雪枝の住む家の光熱費の支払いを停止した。

この非情な仕打ちを受けて雪枝も腹をくくった。

地元で一番有名な弁護士事務所に依頼をもちかけ

中でも民事に強いある弁護士とタッグを組み調停に臨む準備を進めた。








水崎夫婦が結婚してから30数年目

仁と千代が深い仲になってから18年というその長い年月を経て

運命の歯車は大きく回り始めた。

誰が誰の身を滅ぼすことになるのか、本当の悪夢はここから始まる。

あじさい