第64章    雛人形     | 或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

不倫、生と死を見つめる、本当にあった壮絶な話

    「さあ、たくさん食べるんだALI。」


仁はそう言って、ALIにご飯をよそうと目の前に差し出した。

ALIは言われた通り、外食するより緊張しながらその並べられたおかずに手を付けた。

千代はそんなALIに

  
    「無理しなくていいのよ。

    パパとママは上に行ってるから、ご飯が終わったら呼んでね。」




そう言い残して、仁と消えた。

千代には、どうしても本妻の作ったものなど口に出来なかった。

そしてそれを口にするALIの姿も見たくはなかったのだろう。

だが仁が、強制したのだ。

用意されたものを食べておかないと留守にしたことがバレてしまうから、と。

残飯処理係に適任だったのは、どうせ事情が何もわからないだろうALIだった。

ALIはひとつひとつ丁寧に、煮付けや、おひたしなど

こぼさないように気をつけながらそれらを片付けていく。

生意気にも、少し味付けが濃いなあなどと、作った人の気も分からずに。




ご飯を終えたALIは、上に行った二人を階段の下から呼んだ。

いつもなら、自分で食べたものは自分で洗う習慣のあったALIは

他人の家のキッチンを前にどうすればいいのかわからなかったからだ。



    「ママー終わったよー。洗えばいいのー?」




すると慌てて仁が降りてきて言った。


    「この家はそのままでいいんだ。何も触るんじゃあないぞ。」




そして、それから3人で仁の家の見学が始まった。

まずは、ALIの部屋ぐらいはありそうな玄関。

そこにはイヌワシの剥製がその動かない翼をおおきく広げ、するどいくちばしをこちらに向けていた。

玄関から続く廊下は広くて長く、応接間には大きな絵画がかけらていて

カオリのものだろうグランドピアノと

螺鈿漆器の見事な応接セット。

じゅうたんもシルクで、不死鳥のような模様が織られていた。

中庭には手入れの行き届いた日本庭園。

床の間には、素晴らしい七段の雛飾りがあった。

仁は終始嬉しそうだったが、千代は居心地が悪そうにしていたし

ALIにとっては、ただ雛人形だけがとてもうらやましく目に焼きついた。





一度だけ、友達の家で飾るのを手伝ったことのある、雛人形。

美しく、こころ優しく、健やかに育つ様にと、

両親の愛を込めて飾るその作業はALIの憧れだった。

なんだか、仁のカオリへの愛をはっきりと見せ付けられた気がして

ALIは途方もなく寂しい気持ちに襲われた。

仁の家自慢に少しうんざりし始めた頃。

今度はカラオケルームに連れて行かれ、そこで仁は「雪国」を熱唱し出した。





ALIは今でも、「雪国」を聞くと、身震いがする。

あの時の無表情なお雛様の顔が、じっとこちらを見ているような気がしてならない―――


あじさい