第28章    二枚舌 | 或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

不倫、生と死を見つめる、本当にあった壮絶な話

     「あなた、あのマンションにどんな用事だったの?」



まとまらない頭で、仁は慌てて言った。



      「あ・・・いや。ちょっとビジネスで、ね。」

      「ビジネス?」


間髪入れずに、雪枝は畳み掛けた。

まるで考える隙を与えまいとするように。

このまま、しらばっくれても、限界がある・・・。

きっと妻の事情聴取は、この車を降りるまで永遠に続くだろう。

仁は、こんな日もあろうかとあらかじめ考えておいたのか

しゃべり出す妻を制止するようにすらすらと話し始めた。



       「そう。ビジネスだよ。

        次、開店する店の・・・打ち合わせだ!」



      「ビデオショップの?」


       「あのマンションには、石坂さんていうウチの従業員が住んでるんだ。

        彼女は不幸にも、離婚したてでね。

        嫁ぎ先が随分裕福だったみたいで、慰謝料をたくさん受け取ったんだそうだ。

        子供もまだ小さいから、自営にひどく興味を持っていて

        そのお金を元手に、なにかお店を始めたいって前から相談されていたんだよ。」


       「そう・・・」


        「次オープンさせる店は、彼女に店長をしてもらう予定なんだ。

        子供がいるせいで残業もままならないから

        わざわざ自宅までお邪魔したってわけさ。」



仁は思いつく限りの、嘘を並べ立てた。

話しているうちに、仁自身もそれが本当のような気がしてくるから、不思議なものだと仁は思った。


        「そんな素性もよく知らない人にお店任せて大丈夫なの?」


        「うちの会社は営業権利を貸すだけだ。

         開店資金は彼女の方で用意してあるし、問題はないだろう。」


―――嘘だ。

雪枝は仁の言葉が嘘であることを見抜いていた。

だが、ここまで完璧な言い逃れを用意されては、嘘だ!!!と食ってかかることも出来ない。




       「仕事とはいえ、女の人のマンションに上がりこむなんて

        変な気を起さなかったでしょうね?」


釘を刺すように、雪枝は眉間にしわを寄せて尋ねた。



        「まさか!彼女の子供も同じ部屋にいたんだぞ。

        ばかな事を言うな。

        石坂さんとはあくまでビジネスパートナーだよ。」 


仁は一貫して、仕事上の付き合いであることを強調した。


        「その、子供って、前の旦那さんとの子供なのね?」


なおもまた、疑いは晴れぬ雪枝は力を込めて聞いた。

たとえ石坂が夫の愛人だとしても

これだけは確認しておかなければ・・・



         「僕が隠し子でもいるって言いたげだな。

          そんなはずないだろう。

          心配しなくても戸籍を汚すようなことはしないさ。」


そう言うと、仁はようやく笑った。

数日前に中絶手術を愛人に受けさせたその男は

器用に動く二枚舌で、今度は本妻に誓ったのだ。


         「心配するな。

          僕が大切なのは、会社と家族だけだ。」
と・・・


あじさい