第26章    偵察 | 或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

不倫、生と死を見つめる、本当にあった壮絶な話

千代は仁の反応を見て、堕胎を決意し、さっさと手術を受けることにした。

―――どうせなら早いほうがいい。

    少し生理が遅れてきただけ・・・・

千代はそう自分に言い聞かせ、罪悪感を葬ることに必死だった。

そんな千代に

仁はせめてもの誠意のつもりで病室にプレゼントを持って現れた。

       
        「すまない。」


仁が持ってきた包みの中は、ダイヤの指輪。


        「もう二度と君を傷つけるようなことはしない。

         今まで以上に君を大切にするから。」


ベッドでむせび泣く千代を抱きしめて、仁はそう約束した。

―――私が欲しかったのはダイヤじゃない・・・

     でもこうする以外、どうすれば良かったというの






愛人が仁へ、小さな不信感を抱くのと同時に

本妻もまた、夫への疑惑に日々心を痛めていた。



不倫の事実を確かめるべく

川田から話を聞いた数日後、雪枝は仁に黙って支社を訪れる。

支社とはいうものの

業績の傾きかけた友人の会社を従業員ごと仁が買い取ったような形で

出資の半分はその友人のものである。

支社の前身はサービス業で、いくつかの店舗を抱えており

工業分野以外の事業進出を図っていた仁は、

その支社を足がかりに

その頃はまだ珍しかったレンタルビデオ店を各地にオープンさせていた。

即戦力として川田を含む数名が本社から異動したが、

もとからいた社員の方が圧倒的に多く

雪枝を知る人が少なかったこともあり、今まで顔を出すことはあまりなかったのだ。

雪枝の目的はただひとつ、愛人の品定めだった。


       
            「お客様からお菓子を頂いたの。あとでみなさんで分けてちょうだい。

             それから・・・川田さん
         
             あの方は・・・・・・・いるかしら?」


            「ここしばらく休んでます。体調が悪いらしくて。」


ちらっと、時計に目をやってから川田は雪枝にそっと耳打ちをした。


            「石坂のマンションは向かいにあるサンヒルズ南です。

             今の時間帯ならまだ社長の車が停まっているかもしれません。

             社長は朝礼の時はいらっしゃいましたが

             お昼を過ぎてもお戻りになっていらっしゃいません。」


            「そ、そう・・・。

             それなら帰りにでも確認してみるわ。ありがとう。」



雪枝はどぎまぎしながら川田に礼を言うと、そそくさと支社を後にした。





川田の言ったとおり、通りの向こうにはやや新しめのマンションがそびえ建っていた。

雪枝は車の通りが途切れるのを待ってから、ためらうことなくそのマンションへ向かった。

その日は朝から静かに雪が降っていたので、雪枝は傘で顔をおおうようにして

そのマンションの駐車場へと足を踏み入れた。

     
          「・・・・・・!!!」



雪枝はひときわ目立つ国産のセダンの存在を、しっかりとその目で確認した。

見覚えのある、ナンバー。それはまぎれもなく夫の車だった。

その高級車へしんしんと降り積もる雪は軽く10センチは超えていて

愛人との蜜な時間の経過を物語っているようでもあった。


雪枝は高まる胸の鼓動を抑えそのマンションの一階にある喫茶店へ入り

夫の車が確認できる場所に座るとホットをひとつオーダーした。

じっと景色を見つめる雪枝の脳裏には

書斎でかくれるようにして電話をする夫の姿。

つい先日の、自分の誕生日に宝石を贈ってくれた夫の姿。

ここ最近の仁の姿が、浮かんでは消えていった。


あじさい