洋楽って 16(ELTON JOHN)
洋楽っていいなー 第16回
今回はロックやポップスの世界だけでなく映画音楽の世界でも重要なアーティストを紹介します。
ELTON JOHN
本名はレジナルド・ケネス・ドワイトでエルトン・ジョンはソロ・デビュー前に参加したバンド、ブルーソロジーのメンバーだったエルトン・ディーンとロング・ジョン・ボルドリーの二人の名前から取ったものです。現在は本名をエルトン・ジョン(Sir Elton Hercules John CBE)に変更し活動しています。
20世紀を代表するメロディメーカーの彼ですが音楽活動を開始した当初はなかなかうまくいきませんでした。ソロでレコード会社などに売り込むもうまくいかず、キングクリムゾンやジェントルジャイアントのオーディションを受けるも落ち苦渋を味わいました。しかしここで運命的な出会いをします。3才年下の詩人で
エルトン・ジョンの作詞を手がけることになるバーニー・トーピンとの出会いです。ここでソロデビューに
成功する彼らですが最初の2枚のシングルと1枚のアルバムは全く売れませんでした。ここでアメリカでのデビューに挑戦し、そのライブを見たボブ・ディランが大絶賛、そしてシングル「人生の壁」も話題になります。ここから快進撃が始まります。名曲「Your Song」(僕の歌は君の歌)が大ヒット、アルバム「Honky Château 」が初の全米1位に輝き、ここから連続7枚が全米1位になります。その中には歴史的
名盤と言われる「Goodbye Yellow Brick Road 」(黄昏のレンガ路)や全米ビルボード史上初の初登場1位を記録する「Captain Fantastic and the Brown Dirt Cowboy」もありました。1976年自身のレーベルを
立ち上げます。しかしこのあたりから人気は下降気味となり、ローリングストーン誌でバイセクシャルであることを発表。翌年に引退を宣言しバーニー・トーピンと決別。二年後に復活するも低迷しますが、ここでバーニー・トーピンとのコンビを復活させ徐々に人気を回復させていきます。私生活でも結婚するなど
順調でした。しかし1984年離婚し莫大な慰謝料が話題になりました。1985年にはあの伝説的なイベント「ライブエイド」に出演したり、ディオンヌ&フレンズ(ディオンヌ・ワーウィック、エルトン・ジョン、グラディス・ナイト、スティービー・ワンダー)に参加しシングル「That's What Friends Are For」(愛のハーモニー)を発表。これが大ヒットしグラミー賞を初受賞しました。しかしこの頃からアルコール・薬物の依存症になったりノドを悪くして手術したりと苦労します。そんな状態でいながらチャリティー活動にも取り組むようになります。この後、復調した彼はライオンキングのサントラで成功したり、旧作の詩の一部を差し替え、事故死した親友ダイアナ妃に捧げたシングル「キャンドル・イン・ザ・ウィンド 1997/ユー・ルック・トゥナイト」が全世界で3700万枚以上を売り上げるシングル史上最大のヒット曲となるなど活躍しました。(現在も世界記録)1998年2月24日には長年の功績を称えられナイトの称号を叙勲しました。
音楽だけでなく話題の多い彼のエピソードとしては、自分の容姿に劣等感を持っていた彼は197O年代から薄毛に悩みカツラを愛用、1990年代に植毛。目が悪くメガネが手放せなかったが数年前に視力矯正手術も行いました。また意外に気性の荒い性格でジョージ・マイケルやマドンナを批判したり、中国のパパラッチに対して暴言を吐くなどして話題となりました。そして2005年にはシビル・パートナーシップ法
に基づきカナダ出身のデービッド・ファーニッシュと男性同士で結婚しました。
今回は3枚紹介させていただきます。
名曲「Your Song」(僕の歌は君の歌)収録(1970)
Elton John
Elton John
Elton John
Captain Fantastic and the Brown Dirt Cowboy
3曲紹介させていただきます。
名曲です。ここから快進撃が始まりました!
Your Song(ELTON JOHN)

