今年、戦後アメリカの統治下にあった琉球が本土に復帰して、新生沖縄県の誕生から50周年を迎えました。そこで、琉球郵政庁の時代の郵便局印をご紹介しています。
これまで〚アイウエオ〛順にご紹介してきた琉球政府の日付印も今回が最後です。≪読谷≫郵便局が最後となります。
今回は【ヨ】から始まる郵便局の櫛型日付印と欧文日付印です。【ヨ】から始まる郵便局は〘5局〙が存在します。奄美地区では〘2局〙が廃止になっていて、【ワ】から始まる郵便局が〘1局〙ありますので併せてご紹介します。
与那城 (よなぐすく) 本島中部 1946年 1月 7日~1972年 5月13日
与那國 (よなぐに) 八重山 1945年12月28日~1972年 5月13日
与那国局久部良分室 八重山 1956年 2月 4日~1972年 5月13日
与那原 (よなばる) 本島中部 1946年12月21日~1972年 5月13日
読谷 (よみたん) 本島中部 1961年 6月22日~1972年 5月13日
八重山諸島の≪久部良≫郵便局は、1945年12月28日に開局しますが、1947年3月31日に廃止されています。その後、≪与那国≫郵便局の分室として開局して復帰まで続きます。
閉局になったり改局になったりと変更が激しいのですが、とりあえず1965年に存在した郵便局印です。その他、復帰までに新たに開局されたり、葉書に押印されたりした日付印も併せています。
廃止局
1953年12月には奄美地区が返還されますので、当然廃局となります。1953年に廃局になった奄美地区や、50年代~60年代に他局に統廃合されたり、改称された局は含めていません。
〚ヨ〛から始まる郵便局は奄美地区には〘2局〙ありました。〚ワ〛から始まる郵便局が〘1局〙ありますので、併せてご紹介します。
与路 (よろ) 奄美地区 1946年 3月13日~1953年12月24日
与論 (よろん) 奄美地区 1946年 3月13日~1953年12月24日
和泊 (わどまり) 奄美地区 1946年 3月13日~1953年12月24日
100局以上ありますので、50周年となる今年の間にゆっくりとご紹介していきます。一回に5局~6局あたりのご紹介を予定しています。ご笑覧いただく皆様も、のんびりとご覧ください。
私の中では一応、復帰50周年記念のご紹介と位置付けています。
1970年~1972年5月までの間に開局された郵便局は、短命期間局として知られています。日付で分かりますが、それぞれの郵便局にその旨補足説明をしておきます。
与那城
(よなぐすく)
1946年 1月 7日~1972年 5月13日
1965年 9月 9日 【本島中部】
櫛型日付印 欧文日付印
与那國
(よなぐに)
1945年12月28日~1972年 5月13日
1965年 9月24日 【八重山】
櫛型日付印 欧文日付印
与那國局久部良分室
(よなぐにきょく くぶらぶんしつ)
1956年 2月 4日~1972年 5月13日
琉球政府の郵便局、最終日付印です。琉球政府として運用されていた久部良分室の最後の日付です。
1972年 5月13日 【八重山】
櫛型日付印
与那國➡久部良
櫛型日付印
欧文日付印
KUBURA➡YONAGUNI
欧文日付印
与那原
(よなばる)
1946年12月21日~1972年 5月13日
1965年 9月 8日 【本島南部】
櫛型日付印 欧文日付印
読谷
(よみたん)
1962年 6月22日~1972年 5月13日
1965年 9月18日 【本島中部】
櫛型日付印 欧文日付印
台になっている葉書には、1962年から発売されている〔普通切手〕から、【花シリーズ】の最低額面である≪ゆうな≫の描かれた、1/2¢が使用されています。
当時の葉書料金が1 1/2¢なので3枚貼付して2種類の日付印を押印しています。1971年9月1日より葉書料金が2¢に値上げされると、間もなくこの切手は姿を消しました。
〚ラ〛行と〚ワ〛から始まる郵便局はありませんので、今回で最後のご紹介です。長い間ご覧いただき、ありがとうございました。ここまでが、私が所持している105局です。