ネットニュースを見ていて、元ゴールデンカップスのドラム兼ヴォーカルのマモル・マヌーさんが死去された事を知りました。ゴールデンカップスは小学生の頃よく聞いていたグループサウンズです。

 

横浜は本牧のバーの専属バンドで、1967年にデビューしています。1969年以降は色々とメンバーが変わるようで、この年にマモル・マヌーさんも脱退してソロ歌手になっています。

 

私の中では初期の頃の、≪長い髪の少女≫を歌っていた姿しか思い出がありませんが、心に残る曲でした。お悔やみ申し上げます。

 

 

当時、長兄がバンドを組んでいて良く家の二階で揃って練習をしていました。小学校から帰った私が三階の自室へ向かう時、「おい、ちょっと待て、演奏してやるから歌ってみるか」 と突然呼び止められました。

 

「何を歌う?」 と聞かれ、当時流行していた 「長い髪の少女」 と答えました。後にも先にも一度きりでしたが、音痴な歌を歌ったことが思い出されます。私が10歳の頃のことです。

 

バンドを組んでいた兄たちもゴールデンカップスは好きだったようで良く練習していました。演奏技術の水準が高かったようで、バンドを組んでいたような音楽に対して造詣の深い人たちに人気のグループだったようです。小学4年生の私にはそのあたりのことは分かりませんでしたが…。

 

そして25歳頃のこと、商店街の仲間がピアノの生演奏のバーへ連れて行ってくれました。そこでピアノをバックに何か歌えと言う事で、偶然選んだのが≪長い髪の少女≫でした。(相変わらず下手でしたが…)生ピアノで歌う事など初めての経験で、自分でもヘタを自覚していたので今も記憶は鮮明です。

 

カラオケが出回って数年の頃で、スナックでは順番待ちが引けも切らず、まだ音痴な私はカラオケで歌わせてもらえなかった頃です。音痴なので、頼んでも店の人に私の順番は何気なくスルーされていました。

 

学生時代、小学生当時が懐かしくてグループサウンズのシングルレコードを集めていた私は、兄の所持していたGSのレコードを自室にしまい込んでいました。その中から僅かに手元にあるゴールデンカップスのシングル盤をご紹介しながらマモル・マヌーさんを偲びたいと思います。

 

 

 

         デビューシングル         1967年6月15日

 

デビューシングルです。これは学生時代、神保町で古書店巡りをしているときに中古レコード店で見つけました。1978年頃のことです。

 

 

             

         二枚目のシングル、(銀色のグラス)は所持していません。

 

 

 

         三枚目シングル          1968年4月1日

 

この曲で音楽好きの青年たちばかりではなく、広く一般に知られるようになりました。私もその一人です。マモル・マヌーさんのヴォーカルで、透き通ったよく通る声です。しかし、アメリカのロック好きだったようで、ご本人はあまり好きではなかったと聞いたことがあります?。これは兄が持っていたレコードです。

 

 

 

 

 

          四枚目シングル         1968年9月1日

 

これも兄が持っていたレコードです。私は、曲としては一番好きかもしれません。デイブ平尾さんの甘くちょっとハスキーな歌声は印象的です。ミッキー吉野氏が加わっています。

                  ジャケットの裏面

皆さんイケメン揃いです。歌がうまくてイケメン揃い、当時の女子たちの人気も高かったのでしょう。しかし、何と言ってもマモル・マヌーさんの美形ぶりは群を抜いていました。小学生の私も、

「きれいな顔だナー」 と感心してみていました。

 

 

 

 

 

 

          七枚目シングル          1969年5月1日

家にあった、兄の持っていた最後のシングルです。リズムは好きでしたが、小学生の私にはちょっと難しい歌でした。