日々の記録
思いやりの科学
人間が、自分から神を離して、
最も遠くへと置いてしまった。
その神の本当の思いを感じられたら、
きっと誰の気持ちをも、
誰もが分かるのだろうと思う。
神は自分に似せて人間を創られた。
神のことも
人間のことも
どちらも変わらず大切な存在。
自分のことも
相手のことも
どちらも変わらず愛しい存在。
神だけでもなく、
人間だけでもなく、
相手のことだけでもなく、
私のことだけでもなく、
神も人間も
あなたも私も
そのどれもが等しく
愛しく大切な存在。
相補的な存在を理解することで
全体となり、
相対はもう相対ではいられない。
相対を超えた世界となる。
ヒトツをフタツに分けたことで、
人間とも神ともコミュニケーションできる画期的なシステム。
システムは裁くためにあるのではなく
誰かを傷付けるものでもない。
システムは、あなたの思いも、私の思いも、神の思いも知るためにある最高のコミュニケーションのための知的なツール。
離したお陰で、
映してくれる鏡が存在出来た。
離したお陰で、
空間が存在出来た。
そこでちゃんと顔を上げて、目の前見たから、コミュニケーションできた。
人間とも、神とも。
はなしてみたから、
はなれていないことが分かったょ。
ヒトツをフタツに分けたけど
ヒトツだったょ。
イチタスイチハイチ。だったょ。
新しいコミュニケーションが始まった。すると全て一致する答えが来るようになった。
人間がどんなに遠くへと、
神を離して置こうとも、
気付けば一瞬で
元に戻り、共にいられる奇跡を体験できる。
縁にDNAに
あなたと私の内なる神に敬意。
全てを統合できる愛の力。
高次元の知性。
思いやりのサイエンス。
土台 foundation
自分にとっての普通が超個性だった。
私は私のままで、たったヒトツの
超バランスの命。
なのに、思考はそれを許さない。
NO~!と囁く。
自分の存在を認められず
愛せないが故に・・
他者に尽くしてバランスをとるか、
愛されようと頑張るか、
はたまた、
愛することも愛されることも
諦めてしまうか・・
そのどれかに、
人間の思考は根付こうとしてきた。
ひゃぁー 恐怖のループ!
昨日観た映画の中でも言ってた。
『 foundation 』 土台。
既存のものをベースに答えを出そうとして、それを前提とした理論では、
両手を縛られたようなものだ。と。
今ある理論はそのままに、
最先端科学も数式も、
どの世界とも、ベースも次元も異なって、
映画で探していた答えも目に見える形で打ち出され、 実践法も確立されており、曖昧にされてきた大切なもの全てを明確に表し、成果までも出されているリアリティ。その叡智。
既存のものを土台にするのか、
相対を超えた全道を土台に生きるのか
そのどちらを選ぶかも本人の意志に委ねられている。
全て自己の意志。
だけど、同時に
必ず遺伝子は反応する。
遺伝子にはウソつけない。
昨夜遅く、娘が学校での出来事を話してくれた。
『英語の先生が、後悔は一生。勇気は一瞬。知っててもやらないのは、知らないこと以上に減点やで』って。
娘を通した英語の先生の言葉に、
『ハイーッ』って背筋を伸ばされた。
派遣
自分の「存在」と
自分の「思考」が
同じものだと思ってるから
苦しいんだということを
目の前の人から教えてもらえた。
そうだった。。。
私も同じトコで苦しんできて、
モヤモヤして、
自虐しまくってたんだ。
だけど実際は、自分の存在は、私のこの思考に一切の影響も受けない。
自分の存在は変えられないし、
自分から逃げることはできない。
だけれど、この自分の思考は、いつでも、どのタイミングでも変えられる。
だから一瞬にして、
見えてくる世界も聞こえてくる世界も変わってく。
元々の存在に新しい思考を合わせていくことで、過去、思考に存在を合わせていたことが見えてきた。そんな生き方をしていた。
自分で自分のことは分からないけど、
こうして、教えてくれる。
目の前に現れる人は、私に様々なことを教えてくれる。
まるで神様から派遣されてきたかのように現れる。有り難き存在。
2つに分けられたこの空間に、
お互いがお互いを存在させることを
無意識にでも許し合っている事って、
ホントは凄いことなんやって、思う。
そう思うと、ここに存在させてもらえてることの有り難さを、今、感じている自分に感謝した。
当たり前を超えた有り難さだった。
敬意を表すと、
目の前に映るものも変わり、同時に、
感謝が返ってきた。
空間っておもしろい。ありがたい。


