「この披風さえあれば、かつてのフィレンツェでは誰もが道を譲った——メディチの名のもとに。」
ルネサンス以前、フィレンツェの支配者として名を馳せたメディチ家。その権力と財力は絶大で、彼らの家紋が刻まれた披風を身につけていれば、どんな場所でも尊敬の眼差しを向けられた。
だが、時代は変わる——
現代のフィレンツェ歌舞伎町分部。派手なネオンの下、ひとりの紳士がバーカウンターで飲み終えたグラスを置く。しかし、ポケットを探るも、財布はどこにも見当たらない。
「…えっ、持ち合わせがない?」
焦った表情で披風を翻し、堂々と言い放つ。
「この披風を見ろ!メディチ家の名にかけて、信用取引で頼む!」
しかし、店員は首を傾げるだけ。
「申し訳ありません、お客様。そのような制度は当店にはございません。」
——時代は変わる。メディチ家の威光もまた然り。
「昔の貴族は、もっと待遇が良かったはずなのに…」
披風一枚で世の中を渡れた時代は、とうに過ぎ去ったのかもしれない。