本当の自分を受け入れたくないだけ

そんなものは

生活している限り 他人や家族に

自分の醜い内面だって

常に垂れ流しにだってなっているだろうに・・・


もっと怖いのは、そんな自分と対面せずにきた

自分である


それに気づいて、傷つく事を恐れて

逃げてばかりいた

言い訳ばかりしている


自分から、そこに目を向けなくても

否応なく

そこを突いてくる人がいた・・・いる

それは、実母である


母は父の悪口ばかりを私に言う

なんとも、他愛の無い事だろう

他人、いや 兄弟であっても

これは、私自信でなければ

理解などできない事だろう


母が父の事を罵倒するのを

聞く度に

私自身の半分も確かに罵倒されている

感覚があると言うか

そう思うわざるを得ないのが現実だろう

物理的にというか


実の親子である以上

その感覚は切れない


だから、常に、いつも

母から私の半分は 罵倒されている

私の身体は、本当はもうボロボロなのだ

もう開放して欲しい


父がいる以上

母がいる以上

私がいる以上

これは、変わらない

と言う結論は

変わらない事だから


どうして私だけ?

兄は何故、そうされないで

私だけ?


自分だけ不幸面したいのでは無い

ただ思う

同じ環境で育ち

たった5歳違いでしかない兄には

どうして この仕打が無いのか・・・

同じ兄妹なのに・・・

何故・・・


仕方が無い事だ

で今まで済ませてきた・・・

これからも、そうするしか無いのだろうか・・・

きっと そうだろう・・・・



3月31日で彼とは別れた

短く書くとすれば、こうだ・・・

彼が嘘をついたにも関わらず、逆ギレ・・・

この一行を見ても

何とも、幼稚なものだ

3年付き合った最後はこんなものだった・・・

付き合って2年は普通の交際であったと思う

しかし、崩れたのは彼母の入院からだ

今も これまでも それを障害だ何だと思った事は無い

むしろ、こう言う時間をくれて、ありがとう

と心から感謝したい

もしも1年前に既に結婚していたら・・・と考えるだけで

空恐ろしい・・・

と思ってみても・・・入院しようがしまいが、彼の中では結婚と言うものは

無かったのではないかと思う

交際し身を固めるには遅すぎる位の年齢ではあった

周りを見渡してもある そう言う状況にはまるもの・・・

はまって行くもの・・・くらいの気持ちだったのか・・・

今となっては、何とも言えない過去の事


どこかで読んだ・・・

幸せとは、不自然と思えるほど順調に進んでいくもの

と・・・


とにかく私達は、そう言う流れに乗る事は無かったと言う現実である。


そして、その幸せの流れに乗っていない

まるで、中洲にでも取り残された様な状況を説明するのに

これだけの事が必要だった事を、少し恐ろしくもある


晴れた日に川遊びをして

じわじわと増水し始めた川・・・

中州から岸へは、まだ帰れるだろう水かさ

と思っているのは、中州に居る私では無く

岸に居る 親・友達など

中州に居る私は、もう川へ足を入れて岸に戻れるとは思えなかった

指先を入れただけで、流れに持っていかれそうになる

実は、周りの石などのよって岸側に比べて

はるかに、流れはきつかった


岸からは、そんな水面の状態さえもわからないで

ただ、何故岸に来ないのかと・・・

不思議に見ているだけだ


中州は、時折風当たりも強く

そして雲間からは、容赦なく太陽が照り付けたりもする


そして、ここで岸と中州を繋ぐ道ができた

この道はつまり

彼の嘘であり 自爆であった


それに救われ、私は救われたと言うか

開放されたのだ

意味のない 将来の無い 全くもって無意味な人間関係から

(続)

夜に奴からの電話有り
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」

で…

今週末に、奴母が千葉へ行くかもしれない行ったら3週間くらい居ればよい

(おいおい、3月が終わってしまうぞ)


16日夜に友達とご飯に行けるかの質問
私は 用事があるから無理と返事

その後に
土曜日に弟夫婦が来る
(16日の事より、そっちの方が重要な用件だろ!!)
もし、奴母が千葉に行ったら、空港に送りに行くから誰も居ないと、言った
(例の話しをする為に来てくれると、私に言っておきながら…何?何?)

どんな風に話しをするかなんて
確認もしないけど
な~んか、安心感とか信頼感が持てないんだけど~

もし、奴母が千葉に行ったら
その分 時間がロスするんですけど…

奴母が、居なくても 出来る話しだって
あるよね…

さて どんな週末になるのかしらん

こんな感じで、奴は週末忙しいみたいだから、特に会う気はないけどね…