菅内閣が、消費税増税による雇用創出策を標榜しているの周知のとおりである。この案を総理に献策したのは、阪大の小野善康教授とされている。氏は「増税が経済成長をもたらすわけではなく、集めたお金を雇用創出に振り向けることで経済は拡大する。日本の労働力を十分に活用し、モノやサービスを生み出すことが必要」であることを主張し、総理の政策の目玉政策として注目を浴びている。

【消費税増税の問題点】

現在、このことに対する問題点として、2つの論点が提出されている。1つは、消費税の使途が本当に雇用創出に用いられるのか。民主党のバラマキ政策や、借金返済にまわれば何にもならないというものだ。もうひとつは、未だ税金の無駄遣いなどが是正されておらず、増税先行は世論の信任を得られないというものである。これに関連して、郵貯の預金限度額の拡張の問題があり、再度、国債発行などにより官にまわるカネがジャブジャブになれば、財政規律に対するモラルは緩みがちとなってしまうという批判もある。ほかに、増税するにしても、民主党の政策を実現するためには、5%増税ぐらいでは間に合わないという批判もある。

【小野政策とワーク・シェアリング】

さて、私はここに、もうひとつ新しい視点を入れたいと考える。この政策をみて、私はワーク・シェアリングと同じような考え方だと思ったのである。仮に小野教授の献策どおりに税金が使われ、良い循環に入ったとする。この場合、菅氏の得意な林業、医療・介護、環境などの分野で、雇用創出が進む可能性は決して夢想的ではないと考える。現在、日本の失業者は2010年4月の数字で365万人となっており、失業給付や生活保護の増大とあわせて社会問題化している。この予備人材が失業給付受給者、もしくは、生活保護受給者から一転、タックス・ペイヤーに変わるのであれば、確かに日本全体の経済は活性化が予想される。

上記の成長分野が内需関連の産業であることに加え、これら新しい労働者たちが消費財の消費にまわれば、内需は一挙に喚起されることになる。デフレの問題にも、光が注すかもしれない。

仮に消費税が5%引き上げられて10%になり、食料品などへの非課税を考えない場合、もちろん、消費の額によっても異なってくるものの、国民の負担は平均して、年間15万円程度も上昇するという。月にならせば、1万円強の負担がかかってくることになる。もちろん、楽ではないが、長い目でみればまったく耐えきれないほどの負担増ではない。それにしても、既存の給与所得世帯からみれば、この政策はやはり負担増につながるが、成長分野での雇用創出によりカネがまわり始めて、例えば、企業業績が上がって、給与の上昇や賞与のアップというカタチではね返ってくるのを待つという気の長い政策なのである。

これはひとりひとりの労働者の分け前は減っても、より多くの労働者で賃金を分けあい、個々は貧しくとも、社会全体が富むようにというワーク・シェアリングの考え方に似ている。小野氏はもちろん、このような批判を強く否定するだろう。彼は自分の政策を雇用を増やし、社会的、経済的、財政的な問題を一気に解決するスケールの大きな、前向きな政策と考えているはずだ。しかし、視点を変えて、労働者の側からみたときに、小野氏の政策と、ワーク・シェアリングの考え方は、それほどちがいがあるようには見られない。少なくとも、より国家的なヴィジョンのために、タックス・ペイヤーが負担を強いられるという本質は変わることがない。

私は、小野氏の政策にまったく無理解ではない。しかし、彼が言うような良い循環に入るまでに、我々はどれぐらいの時間を待つ必要があるのだろうか。そこを考えると、なんとも嘘くさいものを感じるのは事実である。

菅内閣の支持率は、この消費税増税案の提起以降、漸増の傾向にある。今後、この話題をめぐっては、成長分野に期待する失業者たちや、目ざとい経営者陣、さらに社民的な政治家と、大多数を占める既存の世帯、経済自由主義者とのあいだで、より激しい対立を招く可能性がある。後者にも増税に対する一般的な理解は広まっているが、先の選挙で民主党が約束したような行財政か改革が進んでおらず、事業仕分けだけに頼る現状では、なんだかんだといっても、やっぱりイヤな増税に対する理解が得られるとは思えない。

【金持ちのほうを向き始めた菅内閣】

もうひとつ、小野氏は雇用創出のための財源づくりのためならば、税の種類は問わないとも主張しているし、所得税増税のほうがより効果的であるとさえ言っている。しかし、菅内閣で増税といえば、消費税増税の話題に限られているのは事実である。菅内閣はなぜ、所得税ではなく、消費税にこだわるのであろうか。

鳩山内閣は実のところ、反自民、反官僚、反老害、そして、連合の暗躍によって成立した内閣だった。自民党、ベテラン議員が排除され、官僚へのバッシングをエネルギーに、実は、連合を中心とする地方組織を基盤とした民主党が躍進したのだ。そのため、閣僚の半数以上が労働組合系であり、弱者・労働政策などが強化されたのは自明である。結局、鳩山内閣は強きの負担により、弱きを助けるという施策が中心だった。その点で、政権参加への欲もあるとはいえ、公明党が理解を示したのは当然である。

菅内閣では、この潮目が変わった。特に税制論議において、消費税の増税と、法人税の引き下げが打ち出されたことは象徴的である。菅内閣は強きをくじき、弱きを助ける鳩山的な政策を捨て、より金持ち重視の施策に切り替えたとみられるのである。法人税引き下げは日本の国際競争力を強め、外部からの投資を増やすために必要な政策ともいわれる。

しかし、実際には、その効果は薄いと見られている。日本の企業は近年、中国などのアジア各地に工場をつくるなどして、日本国内から逃げているという。しかし、これは事実ではないか、大分、デフォルメした言い方に思われる。なぜなら、中国に巨大な市場が生まれている以上は、現地に工場を開設したほうが効率が上がり、その国の労働者を雇うことでブランド・イメージも良くなるのは自明だからである。日本の企業でなくとも、アジアや新興国に生産拠点をもってくる動きは進んでいる。

今後、国内の企業が海外に本社を移すなど、国外に逃げていく可能性もあると指摘されているが、それが事実ならば、既にそのような傾向が強まっていてもおかしくはない。しかし、実際には、日本に本社を置くグローバル企業が、どこか外国に移ったというような話はきかないのである。

大企業が膨大な内部留保を蓄えているのは明らかなことで、法人税を下げなければやっていけないような大企業など、実は存在しない。直近の決算状況はどこも好調で、税負担の過重により赤字化したというような話は聞いたことがないだろう。しかし、民主党はどうしても、これらの企業からの評価がほしかったのだろう。なんといっても、低所得者よりは、高所得者のほうが社会的影響が大きい。ワーキング・プアの問題などもあまり言わなくなったが、民主党は今後、弱者よりも、強者のための政策に切り替えていく傾向がつよくなるにちがいない。

【投票者の責任】

しかし私は、どれだけ民主党が先の衆院選時と変質したにしても、前回選挙で民主党を支援した人たちは少なくとも、あと3年は民主党に対して責任をもつ必要があると考えている。ここで民主党を少数与党に追い込み、政策実行力を弱めることは、あらゆる意味でロスが大きい。私はどんなものであれ、一応、一筋の通った政策を継続することに意味があると思っている。ここで民主党をこけさせれば、私たちは正に、1年ちかい歳月を無駄にしたことになろう。そのようなことが、あってはならないと思う。

私は断言するが、参院選でも民主党に投票する。それが、私の責任だと思っている。確かに、私の批判的な予想からみても、はるかに民主党は駄目だった。しかし、そんな民主党を選んだことにも責任はあるのだ。私たちは民主党をさらに押すことで、彼らの力を育てることができると信じる。あれも駄目、これも駄目というような、マスコミ的な節操のない批評眼は有害そのものである。

私は菅内閣の政策が気に入らないが、それでも彼らを応援することで、なるべく、より良い部分を引き出せることを期待している。