最近タイトルのようなことをよく考える。
 
母は僕が高校生の時、病気で他界した。
 
母がどういう人だったのか、正直いまは虚ろにしか覚えていない。
 
というのも、高校生の僕から見た父や母、大人たちは、
 
みんな、もっとしっかりしているように見えたのだ。
 
大人になってみて、社会に出て、そうではないことに気づいた。
 
あんなに心の拠り所にしていた父や母、大人たちは、
そこまで自立しているわけではないし、失敗をしないわけではないし、
万能なものではないと分かったのだ。
 
亡くなった母もそうだ。
 
優しくて、人当たりのいい人。しかし消極的で、きっぱりと拒否が言えない人。
子供の僕には解らなかったが。
僕から見ると、とても優しく、愛おしい母だった。
 
父は存命だ。
 
正直、今はもういない人の評価というのは、悪くなることはないと思う。
 
いま、生きている父。
 
大人になった僕には、父の短所がどんどん強化されていくように見える。
 
我が子に対して偉ぶりたい、助言をしたい、父たる見栄を張りたい。
 
それらの態度が透けて見え、僕はどんどん父に失望していく。
 
子供の時は、畏怖と尊敬の対象であった父。
 
彼は彼なりに、一生懸命僕を育ててくれたのだろう。それは理解している。
 
しかし、いつしか僕は、感謝の気持ちよりも、落胆の気持ちのほうが強くなってしまった。
 
小さく弱り、僕より頭が悪く、意味の解らない価値観で生きている父。
 
過去の栄光を笠に着た、性格の悪い父。交友のない孤独な老人。
 
 
僕は自分自身の嫌いなところ、性格や思考、癖、を、
 
父のせいだと思うようになっている。
 
「父の育て方のせいで、僕はいまこんなに辛い思いをしている」と。
 
もちろん、そのような考え方は、一般的には「責任転嫁だ。甘えている」と非難されるだろう。
 
しかし、最近よく考えるのだ。
 
僕は、自分自身の失敗や不出来を、許せない。
僕は、失敗の原因をすべて「自分の至らなさのせい」にしてしまって、冷静な反省ができない。
僕は、物事がうまくいかないのは、自分のせいだとしか思えない。
僕はダメな人間だ。
 
これらの、偏った志向性は、どうして僕に根付いたのだろう。
 
誰かがそれを植え付けたのならば、それは間違いなく父だ、と。
 
 
僕はもうすぐ親になる。
 
どのような親になりたいか、なるべきなのかを考えたとき、
 
僕は父の「子供への接し方」をすべて否定する。
 
「俺の子供なのだから、うまくできて当たり前だ」と僕を褒めなかった父。
 
僕の成功は、すべて父の遺伝子のお陰らしかった。
僕の要領の良さも、外見の良さも、学歴も、今の職歴も、
父は「俺の子だからな」と言った。
 
僕の努力は、何にも評価されない。
 
今思えば、父は自己肯定をするために、僕を犠牲にしたのだ。
 
僕は決して父の付属物ではないし、父の分身ではない。
 
しかし僕の成功は、父自身が成し遂げられなかった失敗を美しく上書きし、
 
彼は「出来た子供を持つ自分は出来た人間なのだ」と見栄をはれたのだ。
 
 
最近になって、やっと、そのことに気づいた。
 
僕はかねてより、自分自身への「自尊心・自己肯定感」の在り方に、困り果てていた。
 
「どうして僕は、こんなにも自分を認めてあげられないんだ」と。
 
他人や、自分以外のものに、原因を追及できない苦しさ。
 
もちろん全てではないかもしれない。
 
でも父の呪いはきっと僕の中に渦巻いていて、いま、足を引っ張っている。
 
 
 
僕は、父を心の中で、諦め、そっと、境界線を引いた。
 
親を敬わなければいけない、大切にしなければいけない、だって育ててもらったから・・・
 
という、固定観念は捨てた。
 
 
僕は、親になるために、実の親を、否定する。
 
それが今の僕には正解なのだ。

放置して、ちょうど1年が経ってた。。。

 

1月になると何かやりたくなるのかなー

 

ブログ更新するかーって気になるのかね。

 

 

そんな怠惰に塗れた私がもうすぐ母になる。

 

びっくりーほんとびっくりー

 

 

正直言って、子供が欲しかったのか解らない。

 

いや、厳密にいうと、「子供作りましょう!」って旦那さんと合意して行為して無事受精、着床、そして成長してくれているわけですが。

 

その時は欲しかった、んだと、思う。

 

でも腹が膨れて、悪阻に悩まされたり、体が思うように動かなくなって行く過程で、

「これは本当に自分が望んだこと?」って迷うようになった。

 

だってーーーひとの子供、可愛くないんだもんーーー

ブッサイクばっかりじゃん。

よだれ垂らしてたら汚いし、

やたらと走り回る子供は疲れるし、

ママ、ママ、うるさい子供は面倒だし。

何より、言葉で意思疎通したり理解してくれないのメンドクサイ。

 

 

子供が生まれることによる変化・不都合が、今は怖い。

 

例えば、経済的なこと、時間的なこと。体力的なこと、精神的なこと。

不自由になるんだよね、たぶん。

 

特に私はウツ持ちなので、精神的にどーかなー

 

 

子供、可愛がれるかなぁ・・・虐待しないといいな・・・愛してあげたいな・・・できるかな・・・

 

 

私もイイトシだしね。子供を持つにはちょうどいい(つまり、平均的な)年齢ですから。

 

むしろこの機を逃してどうすんだっつー客観的意見もあります。(頭の中で)

 

でももし、生物的に子供を産めるリミットがもっと先であったなら、今敢えて産まないだろうなぁ。

50歳まで肉体的には子供を作れますよ!ってなってたら、30歳では産まないでしょ。

 

もっと旦那さんと二人っきりでできることをやりつくしたかったし、

自分を磨く(こう書くとなんか恥ずかしいけど)ことをしたかった。

自己満足行為に浸っていたかった。

 

でもそういうことってキリがなくて、結局自分の中でどう折り合いをつけるかなんだよね。

折り合いをきちんとつけないまま今に至る。(臨月)

 

 

「子供かわいいーーーー!!」って感じの人間になりたくないんです。

正直、隠さないタイプの親バカな人を、下に見てます。軽蔑してます。恥ずかしと思ってます。

 

でも、そう思える人の方が幸せなような気もする。

 

バカのが幸せ。これっていつでも言えることかも。

 

あと一か月後、果たして私はどのような人間になっているのか。

年を取るのが怖い...


ふと、お風呂で見た自分のスッピン...

なんてBBAになったんだろう...



高校生のころ、「若さが武器」であることを知っていた。

年上の友達とばかり遊んでいたせいか、

どこへ行ってもチヤホヤされるし、お金も払わなくていい。


制服姿は『高校生というブランド』だったし、

ゴテゴテ化粧しなくても、可愛い可愛いともてはやされた。

笑っているだけで良かった。

とっても楽で、簡単で...

そんな自分が好きだった。



同時に、きちんと「賞味期限」があることを知っていたよ。

だって、「高校生?若いわねぇ~羨ましい~」って言ってくるお姉さんたちは、

笑いや見下しが3割、羨望が7割だったもの。

当時の私にはそう見えていたもの。



だから17歳で死のうと思ってた。

違うな、「死ねればいいな」と思ってた。


私は、若くて可愛くて美しいままで居たかった。


半分真面目に、自殺の計画とかも立ててみたけど、

やっぱり痛いのは嫌で、

「お酒飲んで凍死」とか適当な感じで。

あんな地元で凍死できるわけないじゃん。


18歳、高校卒業をした時、「男狂い」「恋愛狂い」をしていて、

若さが日々減っていくことを薄々感じながらも、

刹那的に楽しんで生きていた。

「私には価値がある」って思って。

「まだ、大丈夫」って。



20歳を迎えたとき、

17歳の高校生がチヤホヤされているのを見て、

激しく嫉妬し、憤った。

対抗して化粧したり、身なりを着飾ることで、

自分の美しさを保持していた。

むしろ誇示していた気がする。



私は元がそれなりなので、地方の芋臭い高校生には負けてなかったと思う...

いや、本当は同じ土俵に居なかっただけかもしれない。

私をチヤホヤしてくれる人は、

いつだって私より年上だったから、

いつだって私の若さを愛でてくれていた。


「まだ、大丈夫」。




就職は、あまりにも幸運なものだった。

大学の教授や事務員にチヤホヤされ、学校推薦をもらい、

私は知る人ぞ知る大企業に内定をもらった。


学校の就職支援課の女性は、内定の通知を伝えながら「これでアナタは勝ち組ね」と言った。

周りの誰もが、凄い凄いともてはやしてくれた。

家族や友人は「あなたを自慢に思う」と言ってくれた。


もちろん、それなりに努力したと思うが、今思えば、運に恵まれたの一言に尽きる。

しかし私は当時それを「実力」だと勘違いしていた、と思う。


「私は勝ち組。若いし、優秀で、綺麗で、誰もが可愛がってくれる」。


「それに努力をし続けていれば、私はきっといつまでも若くて美しいままだ」。


そう自分に言い聞かせて信じ込んでいた気がする。



大学卒業後、就職した時、

「30歳で年収1000万円」という目標を立てた。


東大京大の院卒と机を並べて仕事をする日々。

「早稲田慶応上智? へー、今までお金かけてきたのに、私なんかと同じ仕事してるんだ」

「MARCH?知ってるけど、そんなに賢くないよね?」

「東大卒って言っても、勉強ができるだけなのね」

腹の中でそう思ってた。



でもそう思えてたのは、最初の1、2年。

「努力を継続できる人間」には、私は敵わなかった。


20代の私が持っていた「武器」は、

若さ。 美しさ。 愛嬌。 自信。 それなりの実力...



30歳女性の平均年収は385万円。

それよりはずいぶん多く稼いでいる。

でもそれは私の実力ではなく会社が大きいから。

年を重ねるごとに給料はある程度まで増えるものですもの。

でもそれもいつかは頭打ちになる。

今のまま60歳まで働いても、年収1000万円を超える日は来るだろうか?



私は、若さというカードを失った。

残りのカードは不安定なものばかり。



自分に自信がない。

苦しい。

見苦しい。

醜い。醜い。醜い。




幸いにも、優秀なパートナーと出会うことができて、

生きていくことに苦労することは無いだろう。

彼もサラリーマンだが、おそらく30代のうちに年収は1000万円を超えるだろう。

優秀な人間のそばにいると、余計に自分の実力のなさが際立つ。



私は人生という残りの長い時間を、どうやって過ごせばいいのだろう?


もう誰も私をチヤホヤしてくれない。

「そこにいるだけでいい」なんて甘い言葉をくれない。



自分の手持ちカードを増やすほか、道はないのだ。



年を取るのが怖い。


急がないと、どんどんどんどん、何かがこぼれ落ちていく気がする。


すり減って、すり減って、すり減って、

一体最後に私に何が残るのだろう?



何かをこぼさない様に、

己をすり減らさないように、

何かに怯えながら生きていくのかな。



私の友達は今でも私に言うよ。

「あなたは何でも持ってるじゃない」って。


シャネルのバック? ルブタンの靴? ティファニーのダイヤモンド?

高給取りの旦那様? ドイツの車? 注文住宅の一軒家?


うん、持ってるよ。

全部持ってる。


でも、私は、怖いよ。

醜い自分でいつまで生きればいいの?