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放置して、ちょうど1年が経ってた。。。
1月になると何かやりたくなるのかなー
ブログ更新するかーって気になるのかね。
そんな怠惰に塗れた私がもうすぐ母になる。
びっくりーほんとびっくりー
正直言って、子供が欲しかったのか解らない。
いや、厳密にいうと、「子供作りましょう!」って旦那さんと合意して行為して無事受精、着床、そして成長してくれているわけですが。
その時は欲しかった、んだと、思う。
でも腹が膨れて、悪阻に悩まされたり、体が思うように動かなくなって行く過程で、
「これは本当に自分が望んだこと?」って迷うようになった。
だってーーーひとの子供、可愛くないんだもんーーー
ブッサイクばっかりじゃん。
よだれ垂らしてたら汚いし、
やたらと走り回る子供は疲れるし、
ママ、ママ、うるさい子供は面倒だし。
何より、言葉で意思疎通したり理解してくれないのメンドクサイ。
子供が生まれることによる変化・不都合が、今は怖い。
例えば、経済的なこと、時間的なこと。体力的なこと、精神的なこと。
不自由になるんだよね、たぶん。
特に私はウツ持ちなので、精神的にどーかなー
子供、可愛がれるかなぁ・・・虐待しないといいな・・・愛してあげたいな・・・できるかな・・・
私もイイトシだしね。子供を持つにはちょうどいい(つまり、平均的な)年齢ですから。
むしろこの機を逃してどうすんだっつー客観的意見もあります。(頭の中で)
でももし、生物的に子供を産めるリミットがもっと先であったなら、今敢えて産まないだろうなぁ。
50歳まで肉体的には子供を作れますよ!ってなってたら、30歳では産まないでしょ。
もっと旦那さんと二人っきりでできることをやりつくしたかったし、
自分を磨く(こう書くとなんか恥ずかしいけど)ことをしたかった。
自己満足行為に浸っていたかった。
でもそういうことってキリがなくて、結局自分の中でどう折り合いをつけるかなんだよね。
折り合いをきちんとつけないまま今に至る。(臨月)
「子供かわいいーーーー!!」って感じの人間になりたくないんです。
正直、隠さないタイプの親バカな人を、下に見てます。軽蔑してます。恥ずかしと思ってます。
でも、そう思える人の方が幸せなような気もする。
バカのが幸せ。これっていつでも言えることかも。
あと一か月後、果たして私はどのような人間になっているのか。
ふと、お風呂で見た自分のスッピン...
なんてBBAになったんだろう...
高校生のころ、「若さが武器」であることを知っていた。
年上の友達とばかり遊んでいたせいか、
どこへ行ってもチヤホヤされるし、お金も払わなくていい。
制服姿は『高校生というブランド』だったし、
ゴテゴテ化粧しなくても、可愛い可愛いともてはやされた。
笑っているだけで良かった。
とっても楽で、簡単で...
そんな自分が好きだった。
同時に、きちんと「賞味期限」があることを知っていたよ。
だって、「高校生?若いわねぇ~羨ましい~」って言ってくるお姉さんたちは、
笑いや見下しが3割、羨望が7割だったもの。
当時の私にはそう見えていたもの。
だから17歳で死のうと思ってた。
違うな、「死ねればいいな」と思ってた。
私は、若くて可愛くて美しいままで居たかった。
半分真面目に、自殺の計画とかも立ててみたけど、
やっぱり痛いのは嫌で、
「お酒飲んで凍死」とか適当な感じで。
あんな地元で凍死できるわけないじゃん。
18歳、高校卒業をした時、「男狂い」「恋愛狂い」をしていて、
若さが日々減っていくことを薄々感じながらも、
刹那的に楽しんで生きていた。
「私には価値がある」って思って。
「まだ、大丈夫」って。
20歳を迎えたとき、
17歳の高校生がチヤホヤされているのを見て、
激しく嫉妬し、憤った。
対抗して化粧したり、身なりを着飾ることで、
自分の美しさを保持していた。
むしろ誇示していた気がする。
私は元がそれなりなので、地方の芋臭い高校生には負けてなかったと思う...
いや、本当は同じ土俵に居なかっただけかもしれない。
私をチヤホヤしてくれる人は、
いつだって私より年上だったから、
いつだって私の若さを愛でてくれていた。
「まだ、大丈夫」。
就職は、あまりにも幸運なものだった。
大学の教授や事務員にチヤホヤされ、学校推薦をもらい、
私は知る人ぞ知る大企業に内定をもらった。
学校の就職支援課の女性は、内定の通知を伝えながら「これでアナタは勝ち組ね」と言った。
周りの誰もが、凄い凄いともてはやしてくれた。
家族や友人は「あなたを自慢に思う」と言ってくれた。
もちろん、それなりに努力したと思うが、今思えば、運に恵まれたの一言に尽きる。
しかし私は当時それを「実力」だと勘違いしていた、と思う。
「私は勝ち組。若いし、優秀で、綺麗で、誰もが可愛がってくれる」。
「それに努力をし続けていれば、私はきっといつまでも若くて美しいままだ」。
そう自分に言い聞かせて信じ込んでいた気がする。
大学卒業後、就職した時、
「30歳で年収1000万円」という目標を立てた。
東大京大の院卒と机を並べて仕事をする日々。
「早稲田慶応上智? へー、今までお金かけてきたのに、私なんかと同じ仕事してるんだ」
「MARCH?知ってるけど、そんなに賢くないよね?」
「東大卒って言っても、勉強ができるだけなのね」
腹の中でそう思ってた。
でもそう思えてたのは、最初の1、2年。
「努力を継続できる人間」には、私は敵わなかった。
20代の私が持っていた「武器」は、
若さ。 美しさ。 愛嬌。 自信。 それなりの実力...
30歳女性の平均年収は385万円。
それよりはずいぶん多く稼いでいる。
でもそれは私の実力ではなく会社が大きいから。
年を重ねるごとに給料はある程度まで増えるものですもの。
でもそれもいつかは頭打ちになる。
今のまま60歳まで働いても、年収1000万円を超える日は来るだろうか?
私は、若さというカードを失った。
残りのカードは不安定なものばかり。
自分に自信がない。
苦しい。
見苦しい。
醜い。醜い。醜い。
幸いにも、優秀なパートナーと出会うことができて、
生きていくことに苦労することは無いだろう。
彼もサラリーマンだが、おそらく30代のうちに年収は1000万円を超えるだろう。
優秀な人間のそばにいると、余計に自分の実力のなさが際立つ。
私は人生という残りの長い時間を、どうやって過ごせばいいのだろう?
もう誰も私をチヤホヤしてくれない。
「そこにいるだけでいい」なんて甘い言葉をくれない。
自分の手持ちカードを増やすほか、道はないのだ。
年を取るのが怖い。
急がないと、どんどんどんどん、何かがこぼれ落ちていく気がする。
すり減って、すり減って、すり減って、
一体最後に私に何が残るのだろう?
何かをこぼさない様に、
己をすり減らさないように、
何かに怯えながら生きていくのかな。
私の友達は今でも私に言うよ。
「あなたは何でも持ってるじゃない」って。
シャネルのバック? ルブタンの靴? ティファニーのダイヤモンド?
高給取りの旦那様? ドイツの車? 注文住宅の一軒家?
うん、持ってるよ。
全部持ってる。
でも、私は、怖いよ。
醜い自分でいつまで生きればいいの?