不思議の道と自由の道 -42ページ目

暦をみるということ

こんにちは。アルファです。


先日、宝くじ売り場で「大安吉日」とでていました。私も暦を気にするほうなので、ついつい目についたりします。


私の母親が服をおろす日を暦を見てきめる、という人だったのでその影響で、暦をみることが多少は習慣づいているようです。


一般に、暦を気にする人がどれくらいいるかはわかりませんが、経営者が新規事業を始めるといったことや家を建てるなど、何か大きなことを始めるときには、普段、それほど暦を気にしない人でも暦を気にすることもあるのではないでしょうか。


私は暦は天気予報のように感じていて、暦が悪い日に事を起こすこともできるけど、時間が許すのであれば、いずれ良くなる時がくるならその時に事を起こせばいいかな、と思っています。


また、暦で良い日かそうでない日か知らないで何かをする分には、それはそれでいいかと。もし知ったのならできれば暦にそってそのことをしたほうがいいかなあ、という程度に考えています。


というのは、やはり気持ちに暦のことのひっかかりがあって何かするよりは、すっきりと何も気にしなくてよい気持ちでいられる方がいいですから。


別の見方をしてみると、暦のことを知らないで行動したけど、後から見てみたら暦の上で良い日だった、という時には運気の流れに乗れている、いうことが言えるのかもしれません。


いろいろ書きましたけど、暦にこだわりすぎると何もできなくなってしまうこともあるので、生活していくのに窮屈にならない程度にうまく参考にしていくのがいいのかな、というのが私の意見です。


ご利用は計画的に、というかほどほどに、ですね。



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スピリチュアルの話など 一覧 その1

続・HBIサロンの対面セッション

こんにちは。アルファです。


昨日のHBIサロンの対面セッションで経済運(金運)の改善 に伴って、他にも話がでてきたので、それについても書いてみたいと思います。


主に、私が生まれる前後の頃の環境に起因することが多いらしいのですが、私の深い意識下に他にもこんな考えがあるようです。


・私は生まれてくるべき子ではなかった

・私は女の子に生まれてくるべきであった

・女性の扱いは難しい

・父親の愛の観念が正常でない


その頃から円満な家庭とは言い難い環境だったので、なるほどそういうものか、と感じました。私は三男なのですが、父親が女の子が欲しかったらしく、もし私の前に女の子が生まれていれば、経済的な面からも私は生まれていなかったかもしれないです。


また、私自身が女の子で生まれていれば、家庭がもう少し円満になっていたかもしれず、そのことを生まれた頃に両親から感じとっていたようです。


そして、これらも置き換えてもらいました。


・私は生まれてきていい子である

・私は男の子に生まれてきてよい

・女性とも男性と同様に仲良くしてよい

・父親の愛の観念は正常である


このことを相方のさやさんに話したら、「あなたが『草食男子日本代表』の理由がよーくわかった」と言ってました。


私自身、「生まれてくるべきでない」や「女の子に生まれてくるべき」など、全く意識したことがなかったことに気づけたのが大きな収穫でした。無意識に心の奥底でふたをしていたのかな、とも思います。


自分自身のことでも知らないことがたくさんあることに気づき、ジョハリの窓 をあらためて思い出しました。



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