前回のブログから全く更新ができなかった。
忙しかったというもあるが、なんとなく書く気になれなかったのもあるかな。
前回のブログは9月末。そしてただいま11月末。ほぼ2か月たってしまった。
「涼しい」というより急に季節が進んで朝晩は寒い。
だけど「冬」というにはまだ早い? 来月は12月だけど、急に寒くなりそうでやだな。
今日書く気になったのは、先日友人たちと集まって食事をしたが、近し人の中に実は父と同じ病気でご身内を亡くした人がいた。その人と少しアミロイドーシスについて話す機会があったからだ。
その方のご身内の方もおそらく父と同じように進行性の早いアミロイドーシスであったと思う。
入院して約2か月で亡くなったそうだ。
私の父も1か月半。
少し私とその病気の話にはなったものの、彼女はあまり多くを語らなかった。語れない気持ちは何となく想像できた。
自分たちを責めてしまう気持ちや、やりきれない気持ち。まだまだ受け止めるにはしんどかったりする。
人はいつか大切な人と別れて一人旅立っていくのだけど、そして誰しもが通る道なのだとわかっていても、突然やってきたその人との別れというのは残された人達にとってやはり受け止めるまでには多くの月日を要するかもしれない。そして結局受け止めきれない人もいるかもしれない。
昨日の話題の中で「白い巨塔」のドラマの話が上がった。私は今でもネットフリックスで何度もみるのだが(笑)
私はその中で忘れられない場面がある。
江口洋介演じる里見内科医が法廷で証言をする一幕だ。その中でこのような台詞がある。
「死は避けられないものだった。しかし、心の準備のないひと月と、覚悟の上ですごす一年。この違いは患者の人生にとってあまりにも大きいのではないかと私は思う」
人はいつか誰でも最後を迎える。だけど、心の準備があるのとないのとでは患者にとってもその家族にとっても大きく影響すると実感した。
父が最後の声を振り絞って「弁護士をよべ」と言っていた事を思い出す。
父はペースメーカーを入れて一瞬よくなったように見えたものの、みるみるうちに病状が悪化したので医療事故だと疑っていたのだと思う。
元気になって家に帰るつもりだったのに、ただただ苦しい毎日をすごしていた中で戦おうとした父。
兄がほぼ寝たきりになってしまった父のひげを剃ってあげていた。先月まで自分で全部できていたのに、何もできなくなってしまった自分に悔しさしかなかったのかもしれない。
父がどんなに強い人間であっても、たった数週間で覚悟はできない。そう思うと今でも胸が詰まる。
「白い巨塔」の主人公の財前教授はがんで亡くなる前に里見先生に会いにいき「無念だ」という言葉を残していた。
父は振絞る力で私と兄の名前を書いた後「母を頼む」と紙切れに走り書きを残していた。
その文字からは父の無念が伝わってくるようだった。
私は今だに父の死を受け入れられているのだろうかと思う事があるが、残された者ができることは父の無念な気持ちもすべて受け入れることしかないのかもしれない。
書くのもつらい時はあるが、そして自分勝手な自己満足ではあるのだが、父の生きた証としてここに残すことで、同じつらい思いをした人と少しでも共有することで、心が少しだけ軽くなる自分がいる。
もうすぐ冬がやってくる前に少しずつまた書いてみようと思った。


