2025年がもうすぐ終わります。
一年を振り返ってみて、毎年どんどん月日が経つのが早くなっていくような気がして、一体この一年何ができたのだろうと思うことも多く、歳を重ねるごとに虚しさや切なさを感じることもあるが。
実は気が付いていないだけで、いろんな事が起きていたり、発見があったりする。それは結局、自分がどう思うか、どう感じるかで大きく変わってくる気がした。
今年はようやく父と母のことを書き始めることができた。
忙しくてなかなか書けない日も多いけど(笑)
書く事でいままで抑えていた感情があることや、気づいていなかった事がたくさんあったかも?と思えた。
父と母がこの世からいなくなったことは悲しく寂しいけれど、私の中で彼らはいつも生きている。もちろん会話したり手にふれることはもうできないけれど。
電車の窓から流れる風景や、ふと見上げた時に浮かんだ雲、父や母と過ごした時間がよみがえり、ある意味私は彼らに生かされているのだと感じる日も増えた。
そして、悲しいとか寂しいとかの感情は決して悪いものではないと。
それだけ愛しい人がいたという証だと思う。感じたことのない悲しみを感じることができたのは、その愛しい人達のおかげなのだと。
本当はね、「悲しみなんて感じたくない」
そう思うよね。私もそう思う。
だけど、愛しい彼らと生きた温かい時間は私の中でいつまでも生きていて、その時間が自分がいろんな人に支えられて生きているのだということを、そして大げさにいえば「生きる」ということを教えてくれているような気がする。
だからその悲しみを受け止めて、私の中で生きている温かい時間を大切にして丁寧に生きていけたらと思う。
さて、もうすぐ新しい年がやってくる。
見た目では大したことはやり遂げられなくても、小さな事に喜びを感じたり、誰かに優しくできたり、「悲しみ」も少しずつ大切な思いへとつなげられる一年にできたらと思う。
決して派手なことだけが生きるということではない。小さな気づきは大きな糧となるのだから。


