職場復帰して約1ヶ月が経った。

 

結論から言うと、8時間勤務はキツイし、

パワハラ上司と同じ空間にいることは、

パワハラがなくなった今でも精神的にかなりしんどい。

 

今日は、復帰して思ったことを具体的に書いていこうと思う。

まずは箇条書きにしてみようと思う。

 

①皆よく働くようになっていた。

②どんなに休んで元気を取り戻しても、自分の病気を作った

 環境に戻れば同じことがまた繰り返されるということ。

③病気になる前の自分には戻れないということ。

④様々なことに敏感になってしまったこと。

 

 

①皆よく働くようになった。

これは、驚いたことの一つ。

以前なら、電話が鳴っても誰かが取るまで待つ。

窓口に人が来ても誰かが対応してくれるのを待つ。

はっきりと自分の担当だとわかっていること以外はやらない。

という状況だったが、現在は全員がきちんと対応を行うようになっている。

また、休職前は、「あなたは男であり数少ない総合職だから」

という、事実と異なる理由で、庶務的な業務以外は

何もかも私がやらされていたが、私がいない間にそれらの業務が他のメンバーに(ある程度)まんべんなく振られたため、全員が一応は働くようになった。

 

それでもやはり仕事の割り振りは平等とは言い難く、

現在は私に代わって、まだ2年目の中途採用の社員が

かなりの業務を担当させられ、バタバタしている一方で、

一部の社員はすることがなく暇を持て余しているという状況である。

 

②どんなに休んで元気になっても、自分の病気を作った

 環境に戻れば同じことがまた繰り返されるということ。

 

現在、私はパワハラのことを人事部や直属の上司に報告したおかげで、パワハラ上司には人事部から指導が入り、仕事でも私がパワハラ上司と一切関わりを持つことがないように、直属の上司や同僚が配慮をしてくれている。

それでもやはり、自分に対してパワハラをしていた上司の声や喋り方、姿などを目にしていると、過去のことがトラウマになってしまったせいか、かなり精神的なストレスになっていると感じる。

パワハラ上司の根が腐った心無い発言にいちいち腹が立つし、怒鳴りつけてやりたいという気持ちが沸々と湧いてきて、頭が破裂しそうな、目が飛び出てきそうな気持ちになる。

怒りで何も手につかなくなってしまったり、体がだるくなることもある。

不思議なのが、、昔は恐怖だった感情が、今は怒りに変わったことだ。いずれにせよ、精神の不調からくる体の不調は、復帰したことで再び戻ってきた。

 

③病気になる前の100%だった自分には戻れないということ。

 

同じ環境に復帰しても、上司と直接的な関わりがなくなれば、

本来の能力が発揮できると思っていた。

だけど、そうじゃなかった。

二つ以上のことが同時にできなくなったし、少しでも頭を使う業務だと、すぐにオーバーヒートして疲れて動けなくなるし、

頭の回転も遅くなった。言いたい言葉がとっさに

出てこないし、頭のキャパシティが明らかに減ってしまった。

わかりやすく表現すると、「馬鹿になった」ような感覚だ。

様々な場面で緊張してしまい、クイズ形式で聞かれれば

当たり前に答えられる敬語や言い回しが、とっさの時に出てこず、

例えば「○○はただいま席を外しておりまして」が「○○さんは今ちょっといないんですけど」のような表現しか出来なかったりする。

これまでに受けたパワハラのせいで、仕事においての成功体験が

全く感じられておらず、何をするにも緊張してしまい、自信が持てず、ほんの些細な指摘にも心が砕け散るような感覚があり、かなり臆病になってしまった。

 

④様々なことに敏感になってしまった。

 

上にも書いたとおり、心が常に張り詰めており、ほんの些細なことでひどく動揺してしまうようになった。例えば、先輩が蚊を殺そうと手でパチンと挟む音や、勢いよく引き出しを閉める音、電話の音などがすると、ピンと張った一本の弦が弾かれて、その振動が頭の中で響いて、グワングワンとなるような感じ。そのグワングワンはかなり長く続くし、動悸がする時もある。

何より一番は、パワハラ上司がキンキン響く声で心無いことを言っている時だ。これが一番心身ともに堪える。

 

書きたいことはまだまだあるが、疲れてしまったので

今日はこれくらいにしておこうと思う。

 

復職して1ヶ月。とにかく調子が悪い。

まとめるとそういうことだ。

私は普段、大好きな彼が誕生日にくれた

大きなリュックを使っている。

 

そして、彼もまた、私が誕生日にあげた

小さめのリュックを使っている。

 

私のリュックは、アウトドアブランドの丈夫で

いくらでも詰め込めそうな物で、彼のは

デザイン性に優れた都会的な物だ。

 

今日、彼がうちに置いていったそのリュックに、

洗濯済みの彼の服を詰め込みながら、

改めてこのリュックの彼らしさに気づいた。

 

小さくて、小奇麗で、繊細で、涙型のデザインは、

大きくて、傷だらけで、四角い私のリュックと違い、

まさに彼そのものだと思った。

 

小さく折りたたんだ彼の服も愛しいけれど、

この小さなリュックが服でいっぱいになった様子が

またたまらなく愛おしいと思った。

 

なんだろう。

何もかもが可愛くて、何もかもが愛おしい。

 

やっぱり私は、心の底から彼のことが大好きなのだ。

私にはやっぱり、とんでもなく死にたくなる時がある。

 

そんな時は、

死んだときのことをできるだけ鮮明に想像する。

 

私は、まず、身の回りの整理をする。

部屋は綺麗にしておくと思う。

 

そして、これまでの気持ちを綴ったノートに、

様々な物の置き場や、SNSなどのパスワードを書き、

テーブルの上に置く。

 

最後に、私が生まれて初めて一人暮らしをした、

大好きなこのマンションの部屋の中を、

隅々までじっくりと見て、触れて、これまでの

思い出を噛み締めながら、ありがとうと言う。

 

念のため、ベランダで飼っている植物には、水をやっておく。

 

そして、シャワーを浴びて、寝巻きに着替えて、

ベッドに横たわる。

 

横たわったまま、

これまでの思い出の一つ一つを天井に写して、

奥歯で噛み締める。

 

そして、大切に貯めてきた大量の睡眠薬を飲む。

 

翌日、毎日来るはずのLINEが来ないことを

不審に思ったパートナーが、私の部屋を訪ねてきて、

ベッドで冷たくなった私を見つける。

 

その時の彼のショックと、悲しみを想像して、

私はいつも、我に返る。

 

私のことを愛してやまない彼を、

そんな目にあわせることは出来ない。

 

だけど、私は今日、とうとう「死にたい」ということを

彼に言わずにいられなくなってしまった。

 

あまりに本気だったので、言葉が上手に言えなかったのだけど、

彼もそれを汲み取ってか、とても動揺したのがわかった。

 

すると、彼は、

「俺の許可なしで死んだらあかん」

「死ぬときは俺の家のソファーの下じゃないとあかん」と

冗談を言ってくれた。

 

嬉しかった。

と同時に、申し訳なくなった。

 

こんなことを言われたら、誰でも反応に困るだろうし、

それが好きな人だったら、余計にそうだろう。

それは、自分でもわかった。

 

だけど、彼にこの気持ちを隠すことは、

例えそれが「死にたい」という気持ちであったとしても、

嘘をついているような気がして、そうすると

嘘の自分を演じ続けなければならないような気がして辛かった。