一条の光さえない、完全なる闇の底にいた。
自分の手が粘り気を帯びていることに、一抹の不安を覚えていた。
──この、錆びた臭いは何だろう。
──この、濁った空気は何なのだろう。
不安は、緩やかに恐怖へと続く階段を昇ってゆく。
彷徨い続けることに疲れ果て。
ついにその場へ座り込んだ己の上に、唐突に光が降ってくる。
──救われた。
喜びに立ち上がった自分が見たものは、何処からともなく湧き出し、そして辺りを覆ってゆく一面の紅……。
光の中浮き上がったそれは、毒々しい程に紅く、艶めかしささえ匂わせる。
可愛らしい、まあるい物体が足下に転がっているのが、目の端に映った。
物見高さに駆られ、拾い上げたそれは生暖かく、思いの外に重かった。
目を凝らした己の双眸に映ったもの、それは──。
「……夢か」
目を開けた後も、紅い闇が広がっている気がして、久弥は幾度も目を擦った。
額を──背筋を、じっとりとした汗が絶え間なく伝う。
酷く後味の悪い夢だ。
昨夜見たのはこれと同じではなかったか……。
思い返す久弥の中を、ぞくりと悪寒が駆け抜けた。