待ちかねていた――と、昨年までのように素直には言えない、複雑な思いを抱えたまま迎えた夏休みは、見事なまでの蒼天が続いていた。


 あれから友成とは、一見いつもどおりの状態が続いていた。

 互いに思うところがあるのは明白だったけれど、口にした後の気まずさを考えてなのか、結からは勿論のこと、彼からもその話題に触れてくることはなかった。


「暇だなぁ」


 母親にでも聞かれたら、即座に「勉強は?」と返されそうな呟きを漏らし、ベッドの上で寝返りをうつ。

 このところ、毎日がこの調子だった。


「ふらっと外にでも出てみようかなぁ」


 退屈の原因は分かっていた。


(菜穂は……やっぱり今頃、勉強してるのかな)


 こんなに長いこと、彼女の顔を見ないのは本当に久しぶりだった。

 こうしてみると、彼女と過ごしてきた時間がいかに長かったのか、改めて実感させられる。


(最初は、何も出来ない娘だったっけな)


 腕を枕に寝転んだ姿勢のまま、結は天井の木目を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考える。

 内気で人見知りする性質は、今も大きくは変わってないようだけれど、全体的に眺めれば、出会った頃とは随分変わったように思う。

 学校の成績一つとったって、いつの間にか自分よりもずっと上がっていたし、何よりよく笑うようになった。


(今はもう、私がいなくちゃ何も出来ないような菜穂じゃないし)


 自分の背中に隠れていた少女はもういない。

 親友の前向きな変化に喜びつつも、胸には一抹の寂しさがあった。


(それに比べて――)


 相手の変化を感じる度に、置いていかれたような気分になるのは、自分が停滞しているからだろうか。


「嫌だな。考え方、暗い……」


 ぶん、と勢いよく頭を振って、ベッドから起き上がる。

 こんな陽気の日に、いつまでも不健全に寝転んでいたりするから、考え方も鬱々としてくるのだ、きっと。


「やっぱり、外の空気でも吸ってこようっと」


 独りごちつつ手早く着替えると、結は目的地も定めないまま、重い空気のこもった自室から飛び出した。




 気分に任せて歩くには少々きつすぎる日差しに、早々に辟易し、諦めて入ったファーストフード店で、結は見慣れた人影を目にした。


「なんだ、友成じゃない」


 予定外の場所で予定外の人物と出くわしたからか、一瞬目をみはった友成だったが、すぐに笑いを作ると、相変わらずの軽口を叩いた。


「なんだ、とはご挨拶だなぁ」

「だってこんな処で会うとは思ってなかったし」

「俺の部屋、クーラーないからさ……もう暑くて暑くて。とてもじゃないけど、勉強する気にもなれなくってさ」


 白々しく溜め息をつく友成に、自分を棚に上げ思わず呆れてしまう。

 元からあるようには見えないんだけど?

 結がそう告げると、友成はバレたかといって屈託なくけらけらと笑った。


 つられて笑ってしまいつつ、互いの間に休み前にあったことなど、すっかり忘れてしまったような友成の態度に、結はほっと胸をなで下ろしていた。

 あの時以来だった為、相手がどんな反応を向けてくるのか、気にしていたのはどうやら自分だけだったらしい。


 他愛もない会話が続く。

 目の前のものをあらかた片付けてしまってからも、二人の話にはまだ花が咲いたままだった。

 暇を持て余していたところに、偶然知り合いと出会ったのだから、まあ当たり前のことだろう。


「そういや」


 話題が夏の風物詩に移るに及んで、ふいに友成が何事かを思い出したらしく、口を開いた。


「ん?」

「今度の花火大会は……勿論見に行くんだろ?」


 この辺りの地区で行われる花火大会は、夜店なども賑わい見物人も多い、わりと有名なものである。


「そうねぇ」

「どうせ暇なんだろ。一日中クーラーの効いた部屋で、年寄りくさくごろ寝してるくらいなら、一緒に行かないか?」


 部分的に、癇に障る言い回しはあったにせよ、確かに言われたことは事実だったから否定もできない。

 それに何より幼い頃から、毎年花火大会だけは見物しに行っているのだ。

 まして、相手が気のおけない人物――友成ならば、それなり楽しめることだけは間違いなく、断る理由もない。


「いいよ、あんたの暇に付き合うくらいの時間はあることだし」


 先刻の仕返し、とばかり憎まれ口を叩いた結に、反撃を食らった友成は、舌打ちはしたものの、我慢出来なくなったように吹き出し、結局その場は笑いの渦となったのだった。




***



「アイツも……柴垣も、勿論誘ってみるんだろ?」


 ひとしきり笑った後。

 一転して、なにやら態度を改めた友成が、控えめな口調で問いかけてきた。


「友成……」


 要するにこの休みに入ってからというもの、彼は彼で色々と思うところがあったらしい。

 考えてみたら、彼女と始終一緒にいたのは、自分だけではなかったのだ――思い至り、結も素直に肯いた。


「うん、今晩とりあえず電話してみる」





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