…あと二日も、ここで過ごさなければならないなんて。


 昨日の操生とのやり取りを思い返しては、彬文はため息をついていた。

 せめて、昼間だけでも離れていられればいいのだが、場所が場所だけにそれも叶わない。

 何といっても、最寄りの停留所まで行くのに、徒歩で片道三十分以上はかかるのだ。


 それだけならまだしも、これまで時間どおりにバスが来た例もないのだから、他に術もない彬文が、外に出かけようとするのは、まさしく無謀の一言に尽きてしまう。

 操生が通学時に使っている自転車ならある筈なのだが、借りる為に声をかけるのも気が進まないし、目的なく炎天下を散歩するのも馬鹿らしい。


 結局、することが特に思い浮かばず、与えられた奥の間で寝転がっていると、蝉の声に混じって、不意に何かを叩くような音がした。

 彬文が音の方に顔を向けると、かたんと庭に面した障子が開き、そこからひょっこりと顔を出したのは操生だった。


「ああ、嫌だ嫌だ」


 入ってくるなりこれでは、彬文とて返事をする気にもなれない。


「……」

「年寄りくさいね、昼日中からごろごろと」


 答えがないことに気を悪くした様子もなく、また立ち去る気配もない。

 ものでも取りに来たのかと思っていたのだが、実はそうではなかったらしい。

 今まで何処をうろついていたのか。

 下駄履きを突っ掛けたまま、縁側に座り込む操生は、完全に居座る構えをみせている。


 ――顔を合わすのなんか、食事時だけで充分だってのに。

 ことごとく自分の期待をぶち壊してくれる相手を前に、彬文は肩を落とした。

 もはや溜め息すら出てこない。

 望まないことばかりが、どうしてこうも次から次から、立て続けに押し寄せてくるのだろう。


 追いやりたくともそうはいかない。

 ここは操生の家なのだから。

 たとえ炎天下だろうと、素直に散歩にでも出かけていればよかった。

 悔やんではみたものの、流石に今からその行動に出る程、あからさまな態度もとれず、結局寝返りを打って背を向けるのが関の山だった。


「……ま、忙しくてたまらないってよりは、都合はいいか」


 操生はそう独りごちると、そっぽを向いたままの彬文の背に向かって声を投げてきた。


「どうせ暇なんだろう。今日は夏祭りの日だから、夕方までに用意しておけよ」


 時間を持て余していたのは本当だったが、行くと決めつけている相手の言い草が気に食わない。

 祭りと聞いて揺れ動く気持ちを抑えつつ、彬文は即答した。


「悪いけど、僕は行かないよ」

「どうして。どう見たって退屈してるって風だ」


 顔を見なくとも、操生が笑いを堪えているのは分かる。


「それともこれから課題でもやろうっての。そういうの要領悪かったもんな、昔から」

「人が何しようが、どう見えようが、操生には関係ないだろう。僕のことはもう放っておいてくれよ」


 彬文はついに声を荒らげて、相手の方へと向き直った。

 埒もないことで、これ以上彼に遊ばれるのは御免だった。


「そういうの、余計なお世話って云うんだよ」

「誰も世話なんて焼くつもりないさ。単に友好関係を保とうとしてるだけだってば」


 薄気味の悪いことを云い出した、従姉妹の思惑が読めず、彬文は眉を顰めた。

 心底嫌そうな自分の様子を、面白そうに眺めていた操生は、やがてからからと笑い出した。


「彬文に毛嫌いされたって、僕はどうってこともないけどさ。そんなんじゃ、一緒に暮らしてもつまらないだろ」

「……なんのこと」


 ざわざわと、胸を走るものがある。

 その正体を知りたくなくて、彬文はすいと視線を逸らした。

 ――昨晩だって、誰も何も口にしなかったのに。

 己の予感が、急に現実味を帯びてくるのを感じずにはいられない。

 そのことが苛立たしかった。


「誰も云ってないのか。それにしたって――」


 思わせぶりな態度を取るばかりの相手に、彬文は思わずかっとなって詰め寄った。


「だから、何のことだって聞いているんじゃないか」

「ほんとに聞いていないのか」


 操生は怯む様子もなく、ただ揶揄うような眼差しを向けた。



*** 第三章-錯綜_1 へ続く***