決して文句いうためにそういうタイトルつけたのではないのよ。
その全く逆!!!
過去のヨーロッパ生活ではイタリア、イギリスとも踏んだり蹴ったりだった銀行、大学の諸オフィス、郵便局、空港、移民局、その他諸々の機関。
日本ではその晩のニュースになってしまいそうなくらい酷いサービス、客への対応を受けくやしい思いをしてきたのは私だけではないはず。

昨日イギリス宛の郵便物を出しに郵便局へ行ったの。(お昼休みに)用事をすませて会社に戻り、しばらくすると私のところへ同僚がやってきて。。。

”はい、これ郵便局に忘れてきたでしょ?郵便局の人がきたわよ”

差し出されたのはご丁寧に封筒に入れられた100円玉。

ありえねー

お釣りの100円をつり銭皿から取り忘れた私もありえねー!だけどわざわざ会社まで届けてくれた郵便局の人(サービス)もありえねーだと思いませんか?特にロンドンでとんでもない目に合わされてきた皆の衆!!日本て素敵なところだわ、と実感してしまいました。


おまけ:
イギリスの郵便局/銀行のとても普通な日々の出来事

銀行へ向かう。

待つ。

待つ。

もっと待つ。

やっと順番が来る。

担当者がコーヒーブレーク。

待つ。

担当者戻るが、別の部署へいけと言われる。

再び待つ。

待ち時間中に読んでいた本もあと数ページで終了に差し掛かる頃。。。

順番が来る。

書類が足りないといわれる。

また明日来いとのこと。

とりあえず抗議してみる。

しかしインドなまりの強い英語、何をいっているのかよく分からない。

諦める。悔しい。

同じように一日中待たされた隣の人がついに切れる。

大声でわめきだす。

周りの人々もうなずき抗議を支持する。

切れた人物がセキュリティーに引きずりだされる。

閉店時間。

並んでいた人も強制的に追い出され、口々に文句を言う。


おしまい。

わたし感受性が豊かすぎるというか、おせっかいというかウブというか。。。よく分からないんだけど他人のことで怒ったり泣いたりよくするんだよね。

最近は感情的に超ローラーコースター的なニュースが多くて驚かされてばかりです。全て他人(友達ね)のことで自分のことじゃないのに血圧下がったり上がったりで本当に忙しい毎日。なんで他人のこととしてちゃんと切り離せないんだ?!おせっかいな私め。

友達カップルが妊娠していて、やっと性別が分かるところまできた。

女の子でMatildeっていうとってもかわいい名前が第一候補。9月末が予定日でとっても楽しみ。

それから他にも結婚のお知らせ等々ハッピーなことが起きる中で、6年間付き合っていた友達カップルが別れることに。。。両方ともとても落ち込んでいてとても辛そうでかわいそうです。恋の痛みは多かれ少なかれみな共感できると思うし、私にとってとても大切な二人の友達なので残念で仕方がない。彼らもお互いを愛しているにも関わらず、気持ちが離れていってしまいその変化に戸惑っているようでなんとも痛い感情だと思う。

どっちがが浮気したとか、嫌いになったというなら割とすんなりと分かりやすい感情で別れのプロセスを送ることができるのかもしれない。(それはそれで別の苦しみがあるのだけれど)

何年も一緒にいて好きあって、多くの美しい思い出や辛い思い出を共有している者同士が恋人っていう名の下に役所の紙切れとかそういう証明なしにして心の繋がりだけで一緒にいるって、改めて考えてみると恋人っていう存在もなんかすごい。

傷心の二人がそれぞれの想いを私に語ってくれるんだけど、共感できる部分ばかりでこっちまで阿呆のように泣けてしまう。

愛ってむずかしい。好きなだけでは駄目だなんて。。

つづく

4月になりカレンダーをめくるとローマのトレヴィの泉の写真が現れた

旅行会社からもらったカレンダーで先月はワシントンDCの写真だった


イタリアで暮らしたことがあるけれど北イタリアにばかりいてローマには行ったことがない

私ってばそんなんでイタリアに暮らしていたなんて言えるのか!?


ヨーロッパでの生活を終えて日本に帰国してから1年ちょっと経った

あっという間の一年だった

この1年で私はどう変わったのだろう


寒さの厳しいこの地では、夜になると暖房器具がまだ必要

4月1日は雪が降った


同じスーツの初々しい新社会人達がぞろぞろ歩く朝の道を彼らと反対方向に自転車をこぐ私

桜のつぼみを数えていつもと同じ道をゆく


時々この日常にとても安心してしまっていつまでもとどまっていたいという感覚をおぼえる

傷つくのを避けようとわざと無感情になろうとしている私がいる


怠惰な日々を過ごし、ユングやゲバラなどの読みたかった本を読み、手紙を書き、クッションの森で居眠りをする

何も考えなければ傷つくこともない


太陽やビーチを求めひとり気ままに小旅行に出かけ気をまぎらわす


真っ向から向かい合えば解決できる問題は意外と少ないのではないかと思う

時間や距離を置き他人やほかの事に触れて探していた答えが見つかることのほうが多いのではないだろうか


長い旅になりそうだけれどいつも笑顔でいようと思う