世の中には自分の救済者は自分であるということを知らない人が多いですね。平時は良いのですが、いざとなった時に、助けを求めてパニックになる人が案外多いのです。「私はこのような状態になっています。だから助けてください。」ということになるのですが、その中に自分が自分の救済者であるという考えは微塵も無いのですね。ただただ「自分を助けて」という思いだけで動いているのです。そして助けを求めてあっちへフラフラ、こっちへフラフラさまよい続けるのですね。昨日も私のところにそのような婦人が来られました。
可哀想に思うのですが、こういう人にはまず自分が自分の救済者なのだということを教えてあげます。最初は何のことやら分からずポカンとしている人もいます。「それができないから助けてもらうためにここに来ているのだ!」と思うのですね。そして中には最後までわからない人もいます。こういう人はたぶん一生救われないと思います。私も坐禅を始めるまでは、いざとなった時にすぐに誰かに助けを求めるようなメンタリティーを持っていたように思います。平時は偉そうにしていても、いざとなったら助けを求めてヘナヘナになってしまうのですね。
最近はあまりいざとなる時が無いので分かりませんが、普段から自分の気持ちの中に誰かを頼るという要素が無いので、たぶん何かがあっても専門家に適切なサポートを求めることはあっても、「何でもいいから助けてください」と人を頼るということはないと思います。これは普段からそのような気持ちで生活していることが大切です。毎日「自分が自分の救済者である」ということを自分に言い聞かせて、そのような生活を続けていると、自然とこの考えが自分に沁み込んでいくのですね。
そうなると不思議にいざとなる時が無くなっていくのです。何かがあっても自分で自分を救うようになっていきます。そのようにしていると援助を申し出てくれる人も現れてきます。自分で自分を救う努力を続けていると、自分が求めなくても向こうから援助がやって来るのです。そういう助けは「ありがとう」と喜んで受け入れます。何もかたくなに人の援助を拒めと言っている訳でもありません。何かがあっても自分でこつこつ頑張っている人を見ると「助けてあげたい」と人は思うものです。「助けてくれ、助けてくれ。」と言って当たり前のように助けを求めてあっちこっち走り回っている人と、ぐっと我慢をしてこつこつ自分を救うために黙々と努力している人と、どちらを助けたいと思うか?というと、やはり後者の方なのですね。
だから「天は自らを救うものを救う」という言葉があるのです。自分で自分を救う努力をしていると、助けは向こうからやって来ます。たとえ助けが来なかったとしても、「助けてくれ、助けてくれ」と人を頼っている人間と、自分が自分の救済者であると努力している人と、どちらが助かる可能性が高いか?というと、もちろん自分で自分を助けようと頑張っている人です。こんな事はちょっと立ち止まって考えてみれば当たり前の話なのですね。自分の中にいざとなれば人を頼ろうとする気持ちがあれば、それは考え直した方が良いです。まず助かりませんから。やはりこの世は自分で自分を助ける努力をしている人が助かるようになっているのだと思いますよ。
合掌
仏光
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