何となく、昨日から腰が重い。だんだん痛くなりそうな気がする。一度痛くなったら、なかなか治らない。医者で注射したり鍼を打ったりとあの手この手で対処する。だから腰に限らず、身体に少しでも痛みや異変があるとすぐに医者に行きます。人からは大袈裟な人と思われても仕方ありませんね。以前に突発性難聴になりました。あの時は気分が悪かった。辛い病気です。だから、同じ病気で苦しみながら頑張っている人を応援したくなります。私は何とか治癒しましたが、今でも苦しむ人に医学が進歩して再び音が戻る日を祈っています。




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ルミナリエ・・・知っていますか?15年前の阪神大震災の年に、震災犠牲者の鎮魂を目的に開始されました。私自身、あの時は大変でした。家は半壊で幼稚園で寝泊りをし、祖母と伯母2人は亡くなりました。会社は半壊で停止状態。妻と2歳の娘を連れて走り回った記憶があります。あまりにも辛い一年でした。これからどうなるのだろうと毎日不安で眠れなかったです。妻と娘を大阪の姉の家に疎開させて、自分自身は毎日スクーターで2時間半かけて神戸に戻り復興作業をしていました。震災当日は家々が倒壊し、電気が灯っていない所も多かったので、街は真っ暗でした。かって100万ドルの夜景といわれた場所が吸い込まれるような漆黒の闇になっていました。心の中まで真っ黒な状態の中、唯一の励みはお互いに声をかけることでした。とにかく1人でいると不安で胸が張り裂けそうになるので誰でも良いから話がしたかったです。楽しかったときを思い出すと、何で自分だけがこんな目にあわねばならないのだろうと悔しくて、悲しくて号泣しました。泣けばよけいにみじめになります。早く普通の生活がしたい。ただ、普通でいたい。最高の幸福は普通でいることだと思いました。帰る場所は避難所や疎開先ではなく、自分の家に戻りたい。体育館の床ではなく家のベッドや畳で寝たい。蛇口をひねると水が出て欲しい。お湯が出て欲しいなど贅沢はいわないから。お風呂に入りたい。せめて子供だけはお風呂で暖めたい。そして、家族みんなで一緒にゴハンが食べたい・・・そんな「夢」みたいなことばかりを考えて頑張ってきました。あの年、神戸の三宮に眩いばかりの電灯が灯りました。ルミナリエです。その圧倒的な光の量とまぶしさに感動しました。震災当日以来はじめてまぶしさを実感しました。うれしかったです。やはり人間は光なしでは生きられない。光は人間に希望を与えてくれる。あれから15年。今年もルミナリエが始まりました。今、私も、神戸市民、被災者みんなは、普通の生活というかけがえの無い「夢」を実現しました。ひたすら「感謝」です。皆さんのおかげです。「ありがとう」。
父の再診を付き添った後、父を自宅に送迎しての帰路、スーパー銭湯にたちよりました。あれこれ迷った揚げ句、最終決定した所は、やまとの湯西宮今津店です。ここの湯はとても温まります。銭湯から帰宅しても4時間ぐらいはポカポカです。むしろ、風呂から出ても暑いので服を着る事が出来ないのです。冷え症の方は気持ち良いと思います。ここで私の良く行く銭湯を挙げるなら、熊野の郷鳴尾店、月の湯舟、双葉温泉、乙女塚温泉、つかしん、太山寺温泉、有馬太閤の湯など。やはり温泉は泉質と清潔感だと思います。



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