心が壊れる、そう聞くとなんだか一大事みたい。
私の本音では、やったー!だったけど。
医師から、
重度の鬱病で即時入院、
そう聞いたとき、
自分がここの底から望んでたものがなんだったのかやっとわかった。
まさに一番欲しい言葉を、医師はくれた。
丁寧に診断書付きで証明してくれた。
どこにでも書いてある通り、
摂食障害や鬱病になりやすいパターンぴったりだった私。
幼い頃から手のかからない良い子、
飛び抜けない程度の優等生、
なんでも任せておけばソツなくこなし、やり終え、まとめ上げ、
とても使い勝手の良い、
要するに放置しておいて良い義務教育中の生徒だった。
気にかけなくて良い、
放っておいて良い、
いてもいなくても気づかない、
押し付け役がいなくて困ったときにふと思い出す、
そんな生徒。
手がかからないことを父母、教室は自慢した。
それを聞けば、押さえつけていた人並みのヤンチャしたい気持ちを、さらに押さえつけなくてはならなくなる。
私は良い子だった。
母は良くふざけて?
良い子良い子どうでも良い子、と歌うように話しかけながら私を撫でた。
9歳のクリスマスイブの日、
上の中の通知表を持って帰り、
褒められず叱られず、
ただ理科が3であることを責められた。
フッと、ヤンチャ心が湧き上がったの、鮮明に覚えてる。
テレビでは時代劇が流れていたころ、
責められたお詫びにと、私は風呂場に行って水を頭からかけた。
時代劇の受け売りだった。
水の音を聞いてやってきた、
ついさっきまで理科の3を責めていた父が、
水を被った私を見てポカンとした。
笑ってくれると期待した。
父は一言もなく風呂場に踏み込み、
私をぶん殴った。
他に言いようがない。
ゲンコツで殴られて壁のタイルに頭がぶつかった。
「汚い服のままで風呂場を汚しやがって!」
父の言葉。
まさかそうくるとは。
見に来た兄はゲラゲラ笑った。
父の不機嫌を嫌がる母は、汚いを繰り返しながら私を引っ張っていき、服を脱がせて、
12月の二階のベランダに閉じ込めた。
これも他に言いようがない。
ベランダへ放り出して、室内から窓に鍵を掛けた。
まあこれもどうでも良い。
昭和の頃は、よくある話だった。
幼心を傷つけたのはそのあと。
クリスマスイブのテレビ番組が始まる頃、
すっかり暗くなって寒くなって、
何もなかったらケーキの箱を開ける時分、
誰も私を呼びに来なかった。
ずっと1人で冷えるベランダにいた。
寒さに堪り兼ねて、窓を叩いて、大きな声でごめんなさいを言った。
かなり何度も叫んで、相当経ってから、
父が窓を開けて私を引きずり込みまた殴った。
家の恥を近所中にふれやがって!
もう一度叩かれて下に連れて行かれると、
ケーキは食べ散らかり、兄は寝てしまい、クリスマスイブが終わっていた。
些細なことだろう。
積み重なればソコソコの重み。
傷にしてしまった私が弱いから悪いのか?
良い子という単語で片付けられる存在感のない子供は、5年後にデブの一言で心を破壊した。
破壊されたのでなく、自ら破壊した。
その10年後、精神科医から診断書にて精神病を証明してもらい、
やっと私は勝ったと思った。
勝ち誇った。
これまでずっと良い子でいてあんたらに楽させてやったんだから、
これから私は荒れ狂う権利がある、
あんたらにはそれに耐える義務がある!
心が壊れるとき、私は勝利のときだった。