akymmk-1210さんのブログ

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自分の立場を理解して振る舞うことは
とても難しいことなんじゃないかしら



私は医学生になったし、医師になるっていう目標に向かって進んでいるし、将来は社会的安定性の高いところにいるであろうことは予想に易い。



だからって、人を見下していいのか?
医師がすべてなのか?
カースト制の頂点に君臨するのか?



そんなに、えらいのか?



だけど



倍率30の受験戦争を勝ち抜き、中には多浪して医学部に入った人もいるし、入学後も膨大な範囲を網羅するために他学部より長時間勉強している自負もある。



だからって、それで医学部以外の周りを見下すのは違うんじゃないのか?



むしろ、医師は、弱者を支えるものでしょ。



病気を抱えてる人は弱者だ。



その患者を見下すのかっていう話。



でも、周りはそれとこれとは違うと言う。



なら、それは、己れのプライドを、誰彼構わず鈍器として、刃物として、凶器として、他人の脳天に振り下ろすのと一緒じゃないか。



他人だって自分が不幸だと、弱者だと思って生活してるわけじゃない。



不満とか不安はあるかもしれないけど、幸せになるために、プライドを納得させるために、他者から認められるために、努力してるに違いないの。



それを、頭ごなしに、医師じゃないからといって否定していいのか?"かわいそう"と思っていい立場なのか?



自分の立場を理解するということは、相手を尊重するための行動を理解することに同じだ。



医師が金持ちだから、医師が奢るのならば、サラリーマンを高級レストランに連れていってもいいってことか?



違う、己れの立場が高かったならば、それを自重して、隠して、相手に気づかれないように相手に合わせることが、己れの立場を理解するということだ。



今回の例で言えば、気軽に入れる、少し静かでお洒落な居酒屋に入ることだ。




医師としてのプライド、自負もわかる。




ただ、他者を愚弄する権利にはならない。




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人の変化を喜ぶ人がいる!
素晴らしいことだ!


変化するきっかけを与えて、その人がより良い人になることを喜ぶなんて、宿題を写させてあげるよりも、試験の情報をあげるよりも、相手の人生を豊かにする素晴らしい優しさじゃないですか。


ただ、人が変わることは悲しい。
今までのような会話や絡みが、変わることでできなくなるかもしれないことがすごく悲しく思えるよ。


過ごす環境が変わってしまって、前よりも遊ばなくなってしまった友人やら、先生やら。


その時は楽しかったのに、その時みたいにもう一度話したいと思うのにぎくしゃくしたり、悲しいじゃない。


だからって、
変わらないわけにはいかないし。


よくなるなら、変わるべき。
こわがっていたら駄目なんだ。


変わって、関係が廃れたら
もうその人とはそこまで。


どんどん、どんどん、進まなくては!




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