あまやどり広場 -3ページ目

あまやどり広場

えっと…このブログは基本的には『 詩 』と「雑記」によって構成されます。


管理してる人は うきょう です。

うきょう は気分屋です。


…そんな感じです。


今日は4月1日、エイプリルフール。けれどそんなことはどうでもよくて。

世界の中心には何があるか考えてみた。



それは貴方。

あるいはボク。


世界がそれを見る人の数だけ存在するなら、世界の中心だって人の数だけ存在するんだろうな。


唯心論とかそんな難しい理屈はわからないけど、感覚としてわかるんだ。

そう。

結局、人は自分のことしかわからない。

他人の聞く音。
他人の見る世界。

それはもしかしたら自分とはまったく違うものなのかもしれない。


自己中心的なんていうけど、自分以外のなにを中心にすればいいっていうんだろう。


きっと他のものを中心においたらバランス崩れて立っていられない。

世界の中心には自分がいるんだ。

だから、

ボクには世界の中心を見つけることはできないんだろう。


そういう世界。


そういう世界で生きてるボクら。
生きていくボクら。



しんどいな。
疲れたな。
もう嫌だ。

うまくいかないことばかりで、明日は見えない。未来はどこにあるんだろう。

頑張る必要ってあるのかな?
ボクが生きてる意味ってなんだろう?


こんな弱音もさあ、今日だけはゆるされるんだ。

だって、
今日はエイプリルフール。

どんなことだって嘘にしていい日なんだから。






忘れないことは大切。

でも、忘れることも必要。


どっちがいいかなんてわからない。


忘れてしまうことでなにか大切なものを失ってしまう、それは怖い。

忘れられないことで前に進めなくなってしまう、それは悲しい。



人の記憶は失われるようにできてる。忘れてしまう方が自然なこと。

忘れられるからこそ、何があっても生きていける。

悲しみが変わることなく続いて、苦しみが途切れることなく、怒りが燃え続ければ、人はまともに生きていけない。

同じ感情は永遠に続かない。


けれど、忘れてはいけないものもある。

それはきっと感情の記憶。

感情が永遠でないなら、感情があったという記憶を覚えておくしかない。


でも、それは意識的に感情を再現するということ。

感情のまえに、人は無防備になる。

だからきっと苦しい。

何度も何度も、何度も何度も苦しい。


それなら、忘れてしまったほうがいい。

それで前を向けるなら。

忘れることも必要、大切なこと。


どっちがいいかなんてわからない。


忘れることも忘れないことも、どちらも大切なこと。

だから、むずかしい。





気付けば節分も終わってるよ…(。´Д⊂)


いくらなんでも放置しすぎだなぁ。

すっかりアクセスしてくれる人もいなくなっちゃってるし。


もうちょっと頑張ってみようかな。でも難しいかな。ボクって気分屋だし。


あーあ、なにかテンション上がるようなこと起きないかなぁ。