突然だけど気が向いたり、書きたいと思ったことがあれば日記を書いていこうと思った、「日記帳などを買ってそこに書けばいいのではないか?」と思う人は絶対いると思う、けど自分は字を書くのが得意でなければ好きでもないなので色々調べた結果ブログを日記感覚で使おうと思い始めました。

 

 

今回はこないだ学校の文化祭の準備で起きた出来事を書こうと思う。

自分のグループはとある展示会的なことをすることになっていました。グループ長からグループLINEで作業をするから、「○日の○○時に集まれる人は集まってください」とLINEで連絡がきたLINEの文面に「作業」と書かれていたのでてっきり場所、展示する内容など諸々決まっているもんだと決めつけて学校に行った。

けど実際は展示する内容はおろか展示場所もハッキリとここと決まっていませんでした。人によってはこの時点でむかむかする人もいるだろと思います。自分はまーいいかと流して話を聞いていました。

その日は2時間と決まっていてその場所の話だけで30~40分ほど時間を使っていました。「ある程度この辺は使っていいけどここもいいのかな?みたいな感じの話をずっとしていて実際に場所を見に行って話したりもしていました。」その時間の使い方に段々とイライラし始めてしびれを切らした自分が文化祭の代表?の先生を探して聞いた結果5分かからず解決しました。

その後20分ほど話し合いをしてやることを4~5つほど決めました。ですが個人的にはこっからが問題でした。

やることリスト①.②.③.④.⑤と五つあったとしたら自分だったら今その状況で手を付けることが可能で簡単なものから終わらせていくのだが進行してくれている先生と長は違って、一気に全部を進行していくので似たようなことをするものがあったりして自分は途中から今どこをやっているのか分からなくなってしまい、正直に「今○何を説明しているか分からなくなってしまったので優先順位を決めて順番にやっていきませんか?」と発言しました。発言した後数分は同じものをその場にいた人たちで決めていき順調に進んでいたのに進行していた先生がまーよくボケる人でボケが始まったらまた元に戻り進行状況が分からなくなってしまいその場で自分はイライラが溜まって呆れて話を聞くのを諦めました。

今思えば終わったときとかに明らかに態度や自分の雰囲気にイライラがでていたかもしれない普段から雰囲気とかは気を付けているけど感情が自分の器の容量を超えたらコントロールできている気がしない感情をコントロールするのではなく感情にコントロールされている状態で人にとって一番良くない状況にいたと思う。

家に帰り親に愚痴ったら父親に「みんな人それぞれだし運動できる人がいればできない人もいるそれと一緒」と言われその場では「全然違うだろ」と思ったものの、よく考えれば先生と自分では視点の見方違うだけなのではないかと気づいた。

上手く説明できるわけではないが妙に理解することができた

↑この説明をすることが大事だと思うからこれから説明できるようにしたいと思う。

 

       今回の学び&次はどうするか

 

 

①イラついてしまったのはその時少し落ち込んでいたからそこに自分の納得いかないことが起こって器から溢れてしまったから次からは、場面場面で器を変更するなり器にのしかかっているものを場面場面で流せるように努力する

 

②感情にだけはコントロールされるな常にこのことを頭にぶち込んどけばコントロールされる側ではなくする側に入れるはずだから

 

③人にはそれぞれの視点があるから考え方やなにかしらに対する取り組み方も違う常に色んな視点から物事を見れるように視野を広げて地頭力を鍛える