第一章─魔道師ノ視タ夢─
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偉大な女王は死んだ。
彼女は私の主君であり、友人でもあった。
退屈しのぎの日々。その中で得た、数少ない友人の一人。
今日、その友が死んだ。
そう、人は死ぬのだ。それが普通なのだ。
やはり私に友などいらなかったのだ。
一人でいれば。
そう、ずっと一人でいれば。
こんなに、泣くことはなかった。
涙なんて、もうとっくの昔に枯れてしまったのだと思っていたのに。
そろそろこの国から去ろう。
そうすれば、もう悲しむことはない。
一人ならば、悲しむことなどないのだ。
私には目的がある。
見つけなければならない。
『大罪の器』を──。
☯エルルカ ~ルシフェニア王宮内「鏡の間」にて~
空気が冷たい。
ルシフェニアは一年を通して涼しい土地柄ではあるが、雪国生まれの私にとってはどうと
いうことはなかった。むしろ、少し暑く感じることがあるくらいだ。今日のように「寒い」
なんて思ったのは、この国に来て以来、初めてのことなのかもしれない。気温が低いように感じ
るのは、今朝から振り続いている雨のせいなのだろうか。
ルシフェニア王宮『鏡の間』に入ると、待ち合わせの相手は此方に背を向け、天井に描
かれた絵画を眺めているところだった。
ニコライ=トール作『王と三英雄』。中心には剣を掲げた王、その手前には跪く三人の戦士。
そして、王の傍らには盾を持った王妃が描かれている。アンネは生前、この天井画をたいそ
う気に入っていた。
待ち合わせの相手は、まだ私が来たことに気付いていないようだ。開け放たれた扉から入
るかすかな風に、彼女の透き通るような銀の髪がなびいていた。
相変わらず、美しい。下衆な貴族たちがこぞって彼女に誘いをかけるのも頷ける。
私は懐からナイフを取り出した。悟られないように注意しながら、彼女の背後にそっと忍び
寄る。普段は誰よりも用心深い彼女だが、いまだに私に気付いた様子はない。よほど天井画
に魅入っているのか、それとも物思いにでもふけっているのだろうか?
彼女の背中はもう目の前。右手に持ったナイフを振り上げ、彼女の……マリアムの背中め
がけて、振り下ろす。
「えいっ!」
「っ、」
直後、手首を痛みが襲う。
握っていたはずのナイフが宙を舞い、カランと軽い音を立てて背後に落ちた。──彼女が
私の右手ごと、ナイフを蹴り上げたのだ。おお、お見事。
「マリアムちゃん、すごぉーい。足くせ悪ぅーい」
茶化すように言うと、マリアムが怒気を孕んだ目で私を睨みつけてきた。
「……何のつもり?エルルカ」
「いやぁ~、アンネも死んじゃったことだし、そろそろルシフェニアから出て行こうかと思
って。で、その前に私を知る者全員抹殺していこうかなと」
「おもちゃのナイフで人は殺せないわよ」
マリアムが床に転がった木製のナイフを拾い上げる。その切っ先を指先で軽く押すと、刃
を模した部分はすっぽりと柄の中へと収納された。
「よくできた玩具ね」
「どういたしまして。よかったらあげるわよ」
「ナイフは前にあなたが作ってくれたもので十分よ」
呆れた、とでも言いたげに、マリアムは微笑みながら肩をすくめた。
「たちの悪い冗談はいつものことだから気にしないけれど……。国から出て行くって、どう
いうこと?」
「そのままの意味よ。国王アルスが死んで、そして王妃アンネも先日死んだ。契約者がいな
くなった以上、この国に留まる理由も義理もないでしょ?」