<事例>

 高血圧で何年も薬を飲んでいる患者がいました。彼女は薬をずっと飲み続けるように指示されていました。しかし、彼女は処方箋には決して従わなかったので、しばしば失神、心臓の鼓動の弱まり、胸の痛みなどを起こして、入院するはめになりました。そんな彼女に医者は厳しく注意をしました。薬を処方し、毎朝飲まなければならないと告げ、処方通り飲まないといかに恐ろしいことになるのかについて説教したが、彼女はそれでも処方箋に従わなかったので、そうした恐ろしいことのいくつかが実際に起こってしまったのです。

 

 ところが、半年後、彼女はなんと忠実に薬を飲むようになり、何十日も入院せずに済むようになったのです。どうして彼女はこんなに変わったのでしょうか。その理由の一つは、彼女が医者を変えたことです。彼女は新しい医者が気に入っているようで、新しい医者は薬について長時間かけて彼女と話し合い、その話の中で彼女に、1日のうちで何時に薬を飲めば良いと思うかを尋ねたのでした。彼女は少し考えた後で「夜、ちょうど寝る前がいいんじゃないかしら」と答えました。そのときなら習慣になりそうだと彼女は考え、寝る前にミルクを飲む習慣があるので、そのミルクと一緒に薬を飲むのであれば忘れないと付け加えたのです。

 彼女の新しい医者は、彼女が自分自身で薬を飲む方法を選択することのできる機会を提供し、驚くほどの効果をあげたのでした。

 

<考察>

 この医者が彼女に選択の機会を与えた際、2つのことが生じた様に思われます。1つは、薬を服用するという課題を彼女の習慣に組み込むことができた点です。つまり、選ばれた計画案が彼女にとって適切なものになったということです。もう1つは、選択する機会を提供することによって、この女性が自分の権限を感じ、責任感が芽生えた点です。選択する機会の提供が彼女の自律性を支え、彼女の内発的な動機づけを高めたのです。もちろん、医者が専門家として決定を下す場面もあることに違いありません。しかし、可能な限り選択の機会を設けることによって、動機づけに望ましい効果がもたらされることがこの事例に見ることができます。

 

<留意点>

 ただし、選択の機会が与えられても、その当人が十分な情報をもっていなければ当然、よい判断を下すことはできません。十分な情報なしに、選択の機会だけが与えられても、自律性の感覚どころか負担を感じるだけです。適切な情報がないために不安を感じ、より多くの誤りをおかすことになってしまします。従って、選択の機会を与える側は、選択する側に十分な情報を伝える等の支援を積極的に行っていく必要があります。

 

<書籍紹介>

「経営者と従業員」、「上司と部下」、「親と子」、「先生と生徒」、「医師と患者」等すべて境遇にある方が人を伸ばす力(内発的動機付け)について学ぶことができる書籍です。気になる方は是非読んでみてください。少しでもご参考になれば幸いです。

 

 

・前回では内発的動機づけの環境作りにより、従業員の士気を高めることが重要と記載しましたが、そのように業績を上げようとする企業がある一方で、従業員を厳しく管理し、業績を上げようとする企業もまだまだ多いようです。一体どちらの方法がよいのでしょうか?

 

・ この問題を考える際にはマクレガーのX理論・Y理論が役に立ちます。

そして、マクレガーは、様々な研究によりY理論に基づいた経営を行っている企業の方がよい業績を上げていると結論付けています。

 

・ 前回で述べたマズローの欲求段階説では、「生理的欲求」と「安全の欲求」がX理論に該当し、「所属愛の欲求」「自尊の欲求」「自己実現の欲求」がY理論に該当します。医療従事者の場合、多くの方は患者を助けたいという強い欲求を持っており、Y理論が当てはまるといえるでしょう。そのため、医療機関は職員を官僚的に統治したり、業務を細かく規制するよりも、職員に権限を委譲し任せた方が良いといえます。

■職員に任せるということ(権限移譲)

・権限委譲とは、従業員のやる気を引き出すような仕組みを作るために重要な要素となります。例えば、トップが経営目標を挙げるにとどめ、それに対する具体的な戦略は従業員に任せる、つまり従業員が自ら考えるようにさせることを意味します。言い換えると、トップは抽象的なことだけを提示して、具体的な内容は従業員が考えます。その際の仕組み作りとして重要なことは、トップは従業員を支援することです。これは先のY理論に基づく考え方であり、X理論に基づく従業員の管理とは対照的な考え方です。

 

 <環境作りのヒント>

  ①社員の能力を多面的に把握したうえで、ワンランク上の仕事を任せる

  ②NG事項(やってはいけないこと)などは事前に押さえておく

  ③最終責任は上司が負うということを明言する

  ④適切な頻度での報告を受け、求めに応じて適切な助言や支援を行う

  ⑤結果を評価する(行動に対するフィードバック、次回を見据えた改善点など)

 

・権限委譲において、職員の自律性を支援することは、職員がやりたいことを何でも自由にやらせておくことだと解釈されがちですが、そのような自由放任主義とは全く異なるものです。

・自律性の支援は、自分が他者、とりわけ自分の下の立場にいる人に対して取りうる態度であり、その人達との相互作用のあらゆる面に現れます。自律性を支援するには、職員の視点をとれること、すなわち、職員が見ているように世界を見ることが必要です。そうすることで、職員の要求や行動の理由が理解できます。

 

簡単に言えば、経営者・管理者が自律性を支援するというのは、会社で、団体で働く人々の気持ちを把握することから始まるのです。

 

(次回:内発的動機付けの事例)

・続いて仕事における職員の欲求に関する一般的な理論について見ていきます。

 

・職員の欲求について考える際には「マズローの欲求階層(段階)説」を基にすることが多く、マズローによると、人間の欲求には次の5つがあるとされています。

 

 

・  「マズローの欲求階層(段階)説」は、低次から高次へと順に階層をなしていますが、自尊の欲求と自己実現の欲求の間には大きな境があります。ほかの4つに対して、自己実現の欲求は成長動機による欲求として区別できる。それは、外部から得るものではなく、人々の内部にあるので内部的動機付けと呼ばれ、潜在可能性を最大限に発揮し実現することを求めるものです。

 

・ここでは、例として医療従事者が持つ欲求について考えてみます。もちろん、労働者であるため、労働の対価としての金銭、つまり、給与を求める意味においては「安全の欲求」を抱きます。また、自分がその医療機関に所属し、同僚との中で日々の仕事を行っていきたいと思うのは「所属愛の欲求」です。そうした集団の中で、自分自身の能力を同様に認めてもらいたいと感じるのは「低次の自尊の欲求」です。多くの医療従事者は、仕事に就いた後でも、最新の専門的な治療法を懸命に学んでいます。これは「高次の自尊の欲求」に該当します。さらに、医療従事者はこうした最新のより高度な知識や技術を治療に用いていきます。彼らが医療従事者に就いた動機の根本には、患者を助けたいという強い思いがあり、その思いの実現のために日々医療行為を行っていると考えられ、このことはまさに「自己実現の欲求」といえるでしょう。

 

 

・ 欲求階層説でみたように、自己実現の欲求は最高次の欲求であり、内発的動機付けと呼ばれます。つまり、自分自身の中から動機付けが自然と行われている状態であり、これこそ企業が職員に求める姿勢です。

 

 

・ エドワード・L.デシによると、内発的動機付けとは、特別な報酬がないにも関わらず、その活動自体が目的となって満足(喜び)が引き出される状態をいいます。人々は行動により、自らの環境を処理し、効果的な変化を生み出すことができたとき、満足を実感します。組織における内発的な動機付けの具体的な一例としてQC(Quality Control:品質管理)サークルを挙げることができます。QCサークルとは、職場内で品質管理活動を自主的に行う小さなグループのことで、全社的品質管理活動の一環として自己啓発、相互啓発を行い、QC手法を活用して職場の管理と改善を継続的に行っていきます。QC活動は従業員による自主的な活動であり、経営者や管理者は活動を支援していくことが重要です。

 

(次回:動機付けと統制の問題(X理論・Y理論))

■顧客サービス向上の為に

・企業経営において、まず組織内に目を向けることの重要性が指摘されているように、近年では、いかにして職員と良好な関係を構築していくかに企業の視点が向けられるようになりました。顧客満足度の向上が企業の課題ですが、それには職員の満足度を高めることが重要となります。

 

・職員への動機付けに努める考え方では、いかにして職員に高い志を持ってもらうかが重要であり、企業は士気を高める仕掛け作りを行っていかなければなりません。具体的には、職員が仕事を楽しむことのできる環境作り権限委譲などの制度です。経営者と職員との関係において、経営者から職員へ一方的な命令ばかりでは、職員のニーズを満たすことは不可能だし、また動機付けを行うこともできません。これらは「逆さまのピラミッド」にて表現されます。

 

■職員志向の組織

・従業員志向の組織では、企業にとって最も重要な顧客を最上部に置き、顧客ニーズなどの情報に長けている第一線の職員を企業内の最上層に配置します。そして、職員をサポートする位置づけに管理職がおり、経営者は全社的な視点から職員と管理職をサポートする。この組織体制は顧客満足を満たすためのものであり、同時に職員満足を満たすためのものです。

 

(次回:職員の欲求について)