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bata de colaってなに?バタデコーラってなに?
ド初心者で始めたフラメンコ、数年前の私の辞書には入ってきたこともなかった言葉でした。
知らない、というのは見ても心に留まらなから、いつまでも記憶の引き出しに溜まっていかないのです。
一度好きになると、なんでこんな素敵なものに目を止めなかったのだろう!!と過去の自分を恨めしく思うことがたくさんあります。これもそのひとつ。
bata de colaを習い始めて1年弱、早過ぎるかもしれないけれど自分のbata de colaが届きました。
嬉しくて、嬉しくて仕方がなかったです。
bata de colaってなに?って思ってググっていた頃に見つけて、なんだか惹きつけられて保存してた動画。
バレエのボレロは中学生の頃か、VHSビデオを小さなテレビで見たのが初めての出会いでした。当時は音楽ばかりで踊りなんて興味も何もなかったのに、終始感激で鳥肌が治りませんでした。最後は涙なんか出ちゃったりして。
それくらい衝撃でした。
それから今でも、何百回とこの映像を見ました。DVDが出た時は即買い!
たくさんの方々がボレロを踊っていて、たくさん探して見ました。
でも、このジョルジュ・ドンの感激ほどは体が反応しませんでした。
ドンは手の、脚の軌道が線で見える。それだけ隙間を感じない連続的な動きなのに、キマるポーズ1つ1つは、それぞれ彫刻みたいに美しく完成され、脳裏に焼き付いて今でもはっきり目に浮かびます。
ボレロの曲自体はラヴェルによって作曲されたスペイン人役の為のバレエ曲として作曲されたというのは本当に最近知りました。
一度でいいから、生で見たかったなぁ…
写真より、その人が残した言葉や文字、絵や音の方がよっぽど“その人”が見えます。
いろんなところで見かけるGoghの言葉を拾って集めてみました。
あなたのインスピレーションを抑えてはいけない。
模範の奴隷にはなるな。
偉業は衝動によってはなされない。
小さな努力の積み重ねによって成し遂げられる。
私は自分の作品に心と魂をささげる。
そして制作過程では我を失う。
自然が本当に好きなら
あらゆるところで美を見いだせるだろう。
生きていくという事が当たり前すぎて、あたかも芸術家や特出した才能を持っている人が特別なものを見出しているような感覚にとらえられがちだけれども、実はひとりひとりそれぞれの中に、日々の生活の中に“特別な何か”はあって、それに気が付かないだけなのだと思います。
そこに目を向けられたり、気づけたりする感性を育てたいです。
日本人は素描をするのが速い、非常に早い、まるで稲妻のようだ、それは神経が細かく、感覚が素直なためだ。
日本の芸術を研究すると、明らかに知恵者であり哲学者である。才能に溢れた1人の人間に出会う。今その人はどんな風に生きているのだろうか?地球と月との距離を研究しているのか、ビスマルクの政策を研究しているのか。いいやそうじゃない。その人はただ草の芽のことを調べているのだ。しかしその一本の草の芽から、やがてあらゆる植物を描く道が開かれる。四季の季節も山野の風景も、動物を、人間を描く道が開かれる。まるで自らが花であるかのように、自然の中に生きている素朴な日本人が僕らに教えるものこそ真の宗教ではないだろうか?僕たちは決まりきった世間の仕事や教育を捨てて自然に還らなければいけない。
日本人であることにもっとアイデンティティを感じたいと思います。古くから伝わる作法や振る舞い、表現や思想、和音やリズム。もしこんなにも素晴らしい人種である素養を生まれながらに持っているなら、気づかないほどもったいないことはない。。。。
La Mousume 「ラ・ムスメ」
この娘さんはアルルの子らしいのですが、ゴッホが異国日本を思って描いた「娘」












