1月31日です。
あけましておめでとうございました。
今年は「午年」です。
「牛」に似た字ですが、「うま」です。しかも60年に一度の「丙午(ひのえうま)」だそうで、前回の時はまだ幼児でしたので、しっかりと「丙午」を体験するのは生まれて初めてと言っていいかと思います。また、去年は去年で、人が一生に一度見られるかどうかと言われている、竹の花が咲いている現場も見たので冥土の土産話が増えるばっかりですが、本当に冥土に行くときまでそれらをしっかり覚えていなけれなりません。現在、それが一番の懸念材料でございます。
さて「人馬一体」という言葉は、このごろは競馬で騎手と競走馬が心を一つにしてゴールを目ざすことを表現するなど、比喩的に使うことが多いようですが、今日は本物の「人馬一体」についてお話しようかと思います。
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私は射手座生まれです。射手座はギリシア神話に出てくる半人半馬のケンタウルス族の勇者、ケイローンが構える弓矢がシンボルになっています。実在しないとはいえ、正真正銘本物の「人馬一体」。上半身が人間、下半身が馬、人間の叡智と馬の機動力を併せ持つ存在、素晴らしいですね。実在しないのがつくづく残念です。
人と馬、でもう一つ思い出すのが、小説「ガリバー旅行記」の最終章に出てくる馬の国です。「フウイヌム族」と呼ばれる馬たちは高い教養と道徳心を持ち、高邁な精神で秩序ある国家運営をしています。そんな彼らの悩みの種は、下品で野蛮な行動ばかりする「ヤフー族」でした。ヤフーは人間の姿をしていますが、考える力も話を聞く耳も持たない反社会的な存在として書かれています。これに関しては現実でなくてよかったです、ほんとに(笑)。
「人と馬」から連想する最後のイメージは「蘇我馬子」でございます。飛鳥時代の豪族で、一族の娘を次々に天皇家に嫁がせて蘇我一族の繁栄を盤石にした英傑でした。名前こそ「馬子」ですが、馬とは直接関係ない、人間成分100%の実在した人物です。乙巳の変で孫の入鹿が首をぱちょーん!とやられて時代が大きく変わりました(大化の改新ですね)。蘇我氏を大きく発展させた馬子がその滅亡を見ずに亡くなったことは彼にとっては幸いだったと思います。
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さて、曲です。
馬に関する曲はいろんな方がすでに紹介しておられますので、パティ・スミスのデビューアルバム「Horses]に収録されている「Gloria}をどうぞ。
パティ・スミスの著書「ジャスト・キッズ」にこのアルバムジャケを撮影した時のことが端正な文章で綴られています。撮影したのは、当時の彼女の恋人で、後年著名な写真家となるロバート・メイプルソープ。まだ何物でもなかった若い二人がそれぞれのキャリアの第一歩を刻んだ象徴的な作品です。
1月も今日で終わります。もう正月気分も通用しませんので、次は「逃がした魚は大きかったか2」を書きます。なるべく早く書きたいと思いますが、例によっていつになることか(笑)。とりあえず今年もよろしく、でございました。ではまた。






