婚約前から、色んな人に、「○月くらいにプロポーズかな?」とか聞かれて、中々プロポーズが無いまま友達にあやふやな返事をしていました。(それはそれはもどかしく嫌だった)
去年12月暮れに義母に結婚の意思を聞かれ、2人ともはっきり「入籍したい」と、義母の前で婚約した、それは良し。
ところが、相方様は滋賀から私の地元、京都に移る気満々で13年続いた大手会社を辞めて、無職となっていた。中々仕事が決まらず、私を食べさせていけるか、自信喪失していた。
「付き合いは続けるけど、稼げないから、今まで通り週一回会って、結婚はやめとこうか」と言う話にもなった。
それは悲しい、と私も落ち込みしばらく情緒不安定な日々。
私も「結婚の現実見るより、夢見るお付き合いの方が変わらず楽しいよ♡」なんて言ってみたものの、結婚して一緒にいたい気持ちはちゃんとどこかにあった。
相方様との事で、本気で涙したりもできるようになった。
相方様の前でつらくて泣いたりして、やがて相方様に私の結婚したい気持ちは伝わり始めた。
相方様は、今年の1月暮れに大手会社契約社員に晴れて内定が決まった。相方様もだんだんと明るくなってきた。
最初は京都に住む予定でしたが、相方様のご両親の年齢や病気を考えて、最終的に相方様の地元滋賀県に私が嫁ぐ方向で決まった。
しかしここからも苦戦。
相方様は、「まだ仕事が新人で慣れてない、3ヶ月は暮らすの待って」とか、「お父さん(義父)の持病の悪化具合では、介護するから、しばらく家に居ないとダメかも」とか言われた。
結婚式の話を持ち出しても、「コロナだし、お父さんも病気で、パーティーなんか不謹慎だ」とか言われた。
正直なところ、結婚の障害の壁がたくさん見えて、結婚生活は遠く感じました。
「結婚の話になるから、喧嘩するんだ…普通の恋人の時は何も考えず安定して楽しかったなあ。」とかぼんやり考えたりもしました。
しかし、私はこの頃になると、もう相方様と一緒に、毎日一緒に居たい、週一の遠距離はごめんだ!と言う気持ちでいっぱいでした。
「私は相方様と違って実家に一人暮らしだし、近所も同情の目だけ。京都の地を離れ、滋賀県で新生活始めたい。」と、このような話を真剣に伝えた。
すると、相方様も、同情してくれた。
この話を義両親に打ち明けて下さった。
「3ヶ月先に暮らすのも、今暮らすのも、一緒だ。」と、義母がすぐ暮らす事に賛成し、後押ししてくれた。
幸い、相方様の父の病気も回復傾向で介護も要らず。
早々と賃貸物件を観に行くことに決定した。
うーん、そこからはトントン拍子。
私が先に物件に住んで、「寂しい」と言うと、もう近距離なので、こまめに会ってくれた。
最近は晴れて入籍。完全同棲。相方様の仕事は安定しないけど、私に気軽に相談できるような仲にもなって、無職でも転職活動には前向きで、明るく過ごしてくれてます。
もう、結婚前に戻りたいとかは、2人ともみじんも思ってません。
ここに記載した通り、結婚までに壁がいくつかあるのは、誰もが通る道だとか、じゃないとか。
私にはここに記載しただけ壁がありました。
でもこれを乗り越えて、今があって本当に良かった!と、後悔は無いです。
素敵な指輪やドレスにも出会えて、相方様の存在に感謝しています。
結婚はとても良いものだ。
プレ花活動最中の方は、こんなつらい思いをたくさんされて、大変かもですが、幸せな未来は訪れるので、遅かれ、早かれ、その時が来るまで、戦い抜いて下さい!!
力強くエールを贈らせて頂きます。
では、あーこからは以上です。笑
去年12月暮れに義母に結婚の意思を聞かれ、2人ともはっきり「入籍したい」と、義母の前で婚約した、それは良し。
ところが、相方様は滋賀から私の地元、京都に移る気満々で13年続いた大手会社を辞めて、無職となっていた。中々仕事が決まらず、私を食べさせていけるか、自信喪失していた。
「付き合いは続けるけど、稼げないから、今まで通り週一回会って、結婚はやめとこうか」と言う話にもなった。
それは悲しい、と私も落ち込みしばらく情緒不安定な日々。
私も「結婚の現実見るより、夢見るお付き合いの方が変わらず楽しいよ♡」なんて言ってみたものの、結婚して一緒にいたい気持ちはちゃんとどこかにあった。
相方様との事で、本気で涙したりもできるようになった。
相方様の前でつらくて泣いたりして、やがて相方様に私の結婚したい気持ちは伝わり始めた。
相方様は、今年の1月暮れに大手会社契約社員に晴れて内定が決まった。相方様もだんだんと明るくなってきた。
最初は京都に住む予定でしたが、相方様のご両親の年齢や病気を考えて、最終的に相方様の地元滋賀県に私が嫁ぐ方向で決まった。
しかしここからも苦戦。
相方様は、「まだ仕事が新人で慣れてない、3ヶ月は暮らすの待って」とか、「お父さん(義父)の持病の悪化具合では、介護するから、しばらく家に居ないとダメかも」とか言われた。
結婚式の話を持ち出しても、「コロナだし、お父さんも病気で、パーティーなんか不謹慎だ」とか言われた。
正直なところ、結婚の障害の壁がたくさん見えて、結婚生活は遠く感じました。
「結婚の話になるから、喧嘩するんだ…普通の恋人の時は何も考えず安定して楽しかったなあ。」とかぼんやり考えたりもしました。
しかし、私はこの頃になると、もう相方様と一緒に、毎日一緒に居たい、週一の遠距離はごめんだ!と言う気持ちでいっぱいでした。
「私は相方様と違って実家に一人暮らしだし、近所も同情の目だけ。京都の地を離れ、滋賀県で新生活始めたい。」と、このような話を真剣に伝えた。
すると、相方様も、同情してくれた。
この話を義両親に打ち明けて下さった。
「3ヶ月先に暮らすのも、今暮らすのも、一緒だ。」と、義母がすぐ暮らす事に賛成し、後押ししてくれた。
幸い、相方様の父の病気も回復傾向で介護も要らず。
早々と賃貸物件を観に行くことに決定した。
うーん、そこからはトントン拍子。
私が先に物件に住んで、「寂しい」と言うと、もう近距離なので、こまめに会ってくれた。
最近は晴れて入籍。完全同棲。相方様の仕事は安定しないけど、私に気軽に相談できるような仲にもなって、無職でも転職活動には前向きで、明るく過ごしてくれてます。
もう、結婚前に戻りたいとかは、2人ともみじんも思ってません。
ここに記載した通り、結婚までに壁がいくつかあるのは、誰もが通る道だとか、じゃないとか。
私にはここに記載しただけ壁がありました。
でもこれを乗り越えて、今があって本当に良かった!と、後悔は無いです。
素敵な指輪やドレスにも出会えて、相方様の存在に感謝しています。
結婚はとても良いものだ。
プレ花活動最中の方は、こんなつらい思いをたくさんされて、大変かもですが、幸せな未来は訪れるので、遅かれ、早かれ、その時が来るまで、戦い抜いて下さい!!
力強くエールを贈らせて頂きます。
では、あーこからは以上です。笑