久しぶりにAmeba開いて、とりあえず長々と娘が手術中の今の想いを書き残したいなって思う。

昔の魔法の○らんどとか前○プロフみたいに黒歴史になるかもしれないけど(笑)



娘が学校検診で側弯症を指摘されたのが5年生の時。保健室の先生と2次検査で隣の中学校まで歩いて行くことに!


そこでやっぱり側弯症かな?と言う事で近くの整形外科に行くと、レントゲンと診察で「リハビリで様子見ましょう」と、私がヘルニアになった時と同じ機械でけん引して貰う事に。

毎月のレントゲン撮影と、行ける時は毎日リハビリに通った。


約1年後、マシになったという事でリハビリも終わり通院から解放!


その数ヶ月後に、娘が手が痛いからと同じ整形外科に行くと、手ではなく側弯症のレントゲンを撮られ、そこで側弯症が酷くなっているからまたリハビリ通院してくださいと言われる。(手は突き指でした。)


ただただレントゲンとリハビリに通い続ける事、約5年。

たまたま主人が通っている整骨院の先生と娘の話になり1度見てくれるという事に。その時既に中学3年。

1度整形外科の通院をやめて整骨院の先生にマッサージと体操の指導をしてもらい、体の調子は良さそう。

通っていた整形外科は側弯症の計測の仕方もおかしいしけん引のリハビリをする意味もわからないから別の病院に行く事を勧められ、整形外科を調べていたら家からちょっと離れた所に側弯症外来のある整形外科があるという事で予約をして病院に行くとすでに成長期は終わっているからコルセットでは無理、治すなら手術しかないと言われる。

そこでやっと側弯症の事とか病院とかしっかりと調べ始め、側弯症外来から主人が調べた大きな病院を紹介してもらって通院。

今まで仕事ばかりだった主人も、この時は仕事を調節して娘を病院に連れて行ってくれた。

それが中学3年の11月。受験生という事もあり、次回の診察は受験が終わってから。


無事に受験も終わり、第1志望にも合格!!


その2日後に病院に行き、手術の日程が決まる。

普通は学生は長期休暇に手術をする事が多いけど、来年には海外や修学旅行も行きたいという事で前々から6月くらいでもいいよね?なんて話をしていたら、偶然にも6月の月曜日に空きが出たとの事。その日は主人も仕事が休み、体育祭も終わって特になにもない週だったので3人でガッツポーズ(笑)

それを逃すと来年の2月頃になるとのことで、本当に奇跡✨


高校入学前の説明会の後の個別相談もさせてもらうと、無理のないよう配慮はできますので!!とありがたいお言葉。

退院してすぐに期末考査なのは可哀想だけど、短時間からになるし、夏休みもすぐに始まるから良かったかな。通学も自転車からしばらく電車通学に切り替えられるように準備万端!!

通院もあったり、入学前健診も都合が悪くて受けられなかったから授業の合間に受けに行ったり、体育祭や他の行事もあったりと、まともに1週間学校の授業を受けられずに今に至る。クラスの友達にも恵まれて毎日楽しそうに過ごしている。(ぼっちだけどw)


いよいよ、手術当日。

これもまた偶然、弟たちは代休で学校が休みだったから自分らでどうにかしてね!と伝えてお昼ご飯の用意だけして朝早くに病院へ向かう。弟たちは姉のいぬ間に念願のピーナツバターを食してご満悦。(娘は落花生のアレルギー)


病院に着くと、本人はすごく不安だろうなぁ〜とは思うけど表情はなんだか清々しい感じ。あの子は本当に強い。親の方が泣きそうだよ。(何なら書きながら泣いてるよ〜)


頑張って行っといで〜と言って今に至る。





時系列で綴っていると、見つけてくれた学校検診にはとても感謝している。

でもその後に行った整形外科に対しては本当に腹が立ってきた。ちゃんと調べなかったり長年疑問にも思わず通わせてたこちらが1番悪いけど、わからなかったり専門外なのであれば他の病院を勧める事もできたんじゃないかと思う。それができてたら、もしかしたら手術しなくてもコルセットだけで治っていたかもしれない。知らんけど。

主人の整骨院の先生は本当に親身になって娘の相談に乗ってくれて(私は1度しか会ったことがないけど)本当に感謝しかない。

今、手術をしてくださっている主治医の先生もとてもクールだけど手術前の診察では手術の説明もわかりやすかったし、しっかり話を聞いてくれてこちらの不安を取り除こうとしてくれてとても安心した。




とりあえず、手術中にすごく時間があったから書いてたけど、なかなか時間が進まない(笑)待ってる時って本当に長いよね。


手術が終わるとしばらくは娘の「痛い〜」に付き合わないといけないと思うと怖いなぁ〜wでも頑張ってもらうしかないしね!!私は痛みに強いからそこだけは変わってあげたいなって思うけど、こればかりはしょうがないよね!!

今、頑張ったら未来は明るいからさっ。韓国でもオーストラリアでもどこでも行けるよ!!

仕事の休みをもらっている間にパスポート作っといてあげようと思う!!


せっかくの代休なのになにもしてあげられなくても文句も言わずに待っていてくれる息子達にも感謝です。



めっちゃ長くなったし、まとまりもないし、誰も読まないと思うけど、もしここまで読んでくれた人がいたらありがとう(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)

久しぶりに書くブログがJanne Da Arc解散の事であるのが本当にショックだけど、やっぱり思いを書き留めておきたかった。

Janne Da Arcに出会ったのが中学生の時、気付けば20年以上も過ぎてたんだなって。
友達に薦められて聴いた時は正直、yasuの声が苦手かなって思ったけど、それ以上にライブパフォーマンスとか曲の素晴らしさに惹かれてすぐにハマったな。
そこからyasuの声の魅力に気付いたのもすぐだった!

Janne Da Arc以外にも色々なジャンルの曲を聴いたりライブに行ったりしたけど、自分の中には常にJanne Da Arcはいた。

Janne Da Arcを通じてたくさんの人にも巡り会えて楽しい時間も本当にたくさん過ごせたし、今でもずっと繋がっているし、大袈裟かもしれないけど人生の中で一番楽しい時期をJanne Da Arcとそこから出会えた友達と過ごせた事が本当に幸せだったなって。
今もすごく幸せだけどね!
あちこち遠征したり、本当に楽しかったなぁ。

Janne Da Arcが活動休止を発表した時はすごくショックだったけど、あの時はまたすぐに活動再開するって信じていたなぁ。
気付けば10年以上経ってたけど⋯


その間に結婚して出産して、ライブあってもしばらくは行けないな⋯って、もうちょっとゆっくりしてから活動再開してもいいよ〜なんて勝手に思ってたな。

つい最近、2、3日前頃に久しぶりにYouTubeでJanne Da Arcを見ながら

「活動休止って、また活動してくれるのを待ってるのはツラいよね。いっその事解散した方が⋯」

なんて言ってたのに、いざ解散って言われると⋯あんな事、言うんじゃなかったって。

メールを見た時はあんまり実感なかったのか?活動休止の延長なのか?よくわかってなかったのか?そんなに驚かなかったけど、今ちょっと落ち着いたらジワジワとショックな気持ちが出てきてJanne Da Arcの事以外何も考えられなくて、何も手につかない。


外は桜が咲いてるけど、ウチの頭の中はずっとStareが流れてる。

聴こうかな?と思ったけど今聴いたら絶対泣いちゃうから、しばらくは聴けないかな。

しばらくフワフワした気持ちでいるんだろうな。
エイプリルフールの今日発表って、また嘘だって信じてしまうよ。
また、待ってしまうよ。

やっぱり解散は辛いな。
って書いてたら初めて涙が出てきた。

でも、ちゃんとした発表なんだよね。
嘘じゃないんだよね。

それなら⋯


Janne Da Arcに出会えた事に感謝。
たくさんの宝物をありがとうございました。

自分の人生が素晴らしいものになったのは、本当にJanne Da Arcのおかげ。


解散しても自分の中にはなくてはならない存在なのは変わらないから、これからもよろしくお願いします!