「よろこびのうた」を歌う日を迎えるブログ ーわたしのTGP生活ー

「よろこびのうた」を歌う日を迎えるブログ ーわたしのTGP生活ー

赤ちゃんを授かりたいと思う日々をマイペースに記していきます。
どうぞよろしくお願いします。

Amebaでブログを始めよう!
皆さまへご報告です。

11月14日金曜日 10時55分 2,958gの女の子が生まれました。
前夜の23時8分頃から陣痛らしき痛みがはじまり、12時間とかからない
思いの外スピーディーなお産になりました。

たまもさんも私もとても元気です。
今は母子同室で授乳の仕方に慣れるよう
一緒に頑張っています。

詳細は少しずつでもupしたいと思います。

こんな拙いブログを読んでくださる皆様に心から感謝です。
本当にありがとうございます。

しばし更新が滞るかと思いますが、何卒よろしくお願い致します。



akkopinsun & たまも
こんにちは。
本日、39週0日を迎えました。

赤ちゃんのお洋服やおくるみを水通ししたり
念願のベビーカーの支払いを済ませたり
入院に必要な品物をスーツケースに詰めたり
少しずつ準備を進めています。

そして何よりも、陣痛が来なくちゃ始まらない。
ということで
お腹を張らすために
ウォーキングやスクワットにいそしむ毎日です。
あわせて、ラズベリーリーフティーを飲んだり
おっぱいマッサージなどにも取り組んでいます。

できれば、なるべく母乳で育てたい。
無理しすぎない程度に、努力したい。
そんな風に思っています。

そんな私、数ヶ月前・・・衝撃の光景を目の当たりにしました。

山手線内。
午前11時前。
席はそこそこ埋まっていて、でも立っている乗客はそんなにいないくらい。

仕事で移動中であろう会社員や、お出かけの皆さん。
なんてことはない、ありきたりな風景。

空いていた席に座った私の目の前には
どこの国だろう?
ラテン系?の国からと思しき海外の方。
ご家族で日本を旅行中のご様子。
パパ、ママ、2歳くらい?の男の子、おじいちゃん。
すごくリラックスした雰囲気で、笑顔でお話している。

でも・・・
男の子、飽きちゃったのかな?一駅進む間にぐずりだしました。
これも良くある光景。
パパとママの間に座っていたその子は、席からずり落ちる様に
身をよじって、ぐずる。
そこでママ。
男の子をひざに乗せ、あやし始め・・・
たと思いきや
叫び叫び叫び

授乳ケープなど、目隠しするものは一切なしに、授乳スタート。

その瞬間、付近の空気が凍りついたような・・・。
(あくまでも、私には)

私のお隣、会社員男性でした。
一瞬「!?っ」って声にならない声が聞こえたような気がするのは
私だけ?
(あくまでも、主観)

たわわなお胸、もちろんばっちり見えていました。
男の子が、1歳以下と分かるくらいの赤ちゃんではなかったのも
少なからず衝撃度を上げていたような気がします。
(あくまでも、私にとっては)

一緒にいた、パパもおじいちゃんも全く気にすることなく
談笑は続いていました。



お腹の目立ってきた私にとって、その光景は
正直、他人事とは思えず、何とも複雑な心境でした。
子供を育てる母親が、母乳を与える姿は
本質的に美しいと思います。
それでも最低限のマナーとかTPOとか周りへの配慮とか
考えることも大切じゃないかなぁ・・・と。


そして昨日。
先輩ママからLINEでメッセージが。

「私も電車の中での授乳の光景、見ました。
それも日本人。紛れもなく純日本人でした。
結構引きますね・・・。
なんか同じ日本人として、ここまで来たか
って感じでした・・・。」

うーーーーーん・・・・。
私は、生命維持に関わるとか、よっぽどの緊急時でない限り
しないようにしよう。
せめて、せめて、どうしてもしなくてはならない時は
ケープは必ず使おう・・・。
当たり前か。

自分も周囲の人も心地よく過ごすための行動が
マナー。
そんな風に、高校生の頃受けたテーブルマナーの講師が
おっしゃっていたのを思い出しました。
こんにちは。
今日は38w0d。検診でした。
推定体重2,900gを越えてました。
今日のご担当はおじさん先生。
明るく喝を入れてくれます。
「この年齢なら年齢なりに努力しましょう!一日2、3時間は歩いて!!」
「昔なら帝王切開もなく、この年齢で産むって大変なんだから!頑張ろう!」
・・・。
先生の言葉に少しはグサッとやられたけど
先生の言うことがすとんと腹おちしました。

まだ子宮口が開いていないとな。
今日からスクワットも始めます。
ここから奇跡の安産目指して
ガンバレあたし!


ここまで大きなトラブルもなく過ごしてこれましたが
最後まで何があるか分からないのが
妊娠・出産。

私の身近でもそんな経験をした人がいます。
それは実の母。
妹を出産した際、かなり出血したらしく詳しい説明もないまま
使用された薬が止血剤。
フィブリノゲン製剤によるC型肝炎に感染してしまいました。

その事実を知ったのは、確か20数年前。
家族に感染することがなかったのが不幸中の幸いでした。
そこから、母の静かな戦いは始まりました。
定期的な血液検査でのモニタリング。
根絶治療で提案されていたのは、インターフェロン治療でした。
放っておけば、肝炎から肝がんになる可能性が極めて高いことで
知られていますが、母はもちろん家族もいつその治療をすべきか
都度考えていました。

治療を受けるべきタイミングには、ある一定の基準があるようで
今年の初夏に母から治療を開始すると聞かされました。
いよいよその時がきた。
そんな気持ちでした。
というのも、母の感染したウイルスはインターフェロンの効きづらい型と
説明をうけていたから。

それでも治療を受けようと思った理由は
正直想像もしていませんでした。

「娘が初めて子供を授かった。
その子が生まれてくる前に
この病と決別して、私なりに勝ったと思って
その子を抱きたいのよ。
おばあちゃまは、病に負けなかったよ
って報告したいの。」

今、そういわれた時のことを思い出しても
胸が締め付けられます。

「あなたのお腹にいる
たまもさんが
お母さんに戦う決意をさせてくれたんだから。
この子の生まれてくる意味は
あなたの想像以上なのよ。」

そう言って笑う母は
本当に強くて、しなやかで。
目の前では我慢してたけど、帰り道ひとり
いろんな思いが交じり合って
涙が止まらなかったです。
はい。

そして9月中旬から3週間の入院。
今は週一回通院しながら治療を続けています。

インターフェロンの治療は、副作用が抗がん剤治療に似ていて
倦怠感、頭痛、吐き気、抜け毛など
その副作用に耐え切れず、途中で断念される方も多いと
医療関係者から聞いていました。

幸いなことに、母は副作用も軽く
「病院に行く日が楽しみ。
だってどんないい結果が聞けるだろう?って
ワクワクするんだもの。」
などとウキウキしながら話していたり
病院の先生に体調を聞かれても
「絶好調です!」と答えて苦笑されてばかりの様です。
とは言え・・・
本当は、治療のあとはすごく辛くて、それでも明るくしている母を
家族は知っています。
この人のこのエネルギーは一体なんだろう?

そして先日。
病院からの血液検査で
ウイルス値0という結果が出ました。

治療は途中で止めないという原則があるので
来年2月まで続きますが、今の時点で
ウイルスが体にいない
という結果は、母が決意したとおり
私のお腹の中にいる子が出てくる前に
C型肝炎と決別したことの証明でもあります。

我が母ながら・・・脱帽です。

なかなか授かれなかった時、弱音を吐く私に
この強い母の言葉は
時として励ましではなく、叱咤でしかなかったことも
ありました。

それでも
娘の幸せと願いが必ず、間違いなく叶うのだ
という強い信念のもとで
発する言葉に、何度も支えられました。

出産によって感染した病気。
その病気を、娘が初めて産む孫と会う前に克服しようと
決意した母。
そして、母の目指す結果を出し、病に打ち勝った母。

母は強し。
女性という生命は強し。

絶対に敵わない存在。
そして少しでもそんな風になれたらいいな
と目指す存在。
・・・だったりします。

手前味噌ながら、改めて
母を誇りに思います。
こんにちは。
いいお天気の日が続き、何となく気持ちもあがっています。

お腹の中のたまもさんは
いつも元気いっぱいで、先日の36週の健診でも
お医者様がエコーを見つつ「まぁよく動くね~あせる」と
苦笑い。
この頃になると、すでにエコー写真は何を捉えているのか
イマイチ分からなくなります叫び

そんなたまもさんはやや大きめの2,800g越え。
推定とは言え、少々焦りました。

先生曰く赤ちゃんの体重は
「胎盤の大きさと状態で決まる!」
のだとか。
もちろん母体の食べているものの影響もあるのでは?と
素人考えで思ってしまいますが
ある程度大きくなると、頭打ちになるのだとか。

いずれにしても
体重管理と栄養管理。そして運動。
さらにしっかりします。

さて、いよいよ37週0日を迎えました。
種々事情があり、全て準備万端!ではないのですが
少しずつ、自分のペースで進めています。
とは言え・・・
今日からいつ生まれてもおかしくない時期。
ペースアップアップしたいぞー☆
あれして、これして、あれも準備して・・・
ガンバレあたし!!!!!

恐らく来月の今頃は外にいるであろう
お腹のたまもさん
のんびりなお母さんですが
どうぞ気長にお付き合いくださいませ。
こんにちは。
今さらながら、妊娠初期を振り返ってみたいと思います。


今回、タイミング療法の周期に赤ちゃんが来てくれたのですが
その周期だけしていたことは、すごく少なかったと思っています。

<1.TGP生活をスタートからしていたこと>

①葉酸、亜鉛、マカサプリ
これは、相方と共に続けていた習慣でした。
ただ・・・マカって本当に効くのかな?
よく分からない
というのが、わたしの現在の答えです。
まぁ体に毒ではなかったはず。

②基礎体温
決めた時間に必ず計れたわけではないですが、数回抜けた以外は何とか続けられました。
使用していたのは、もう十数年前に購入した代物。
本当はWoman ℃とか、最近の機能性の高いものが欲しかったけれど、あるもので済ませてしまいました。
中期に入っても毎朝計っていました。
少しずつ低温化してきたけれど、平熱に戻るまで計ってみようかと。
結局、適当なところでやめてしまいました。

③高温期のみカフェイン抜き
高校を卒業する頃からコーヒー大好き。
一日に5~6杯は飲んでいました。
特にガシガシ働いている時には10杯近く。
それもミルクや砂糖は絶対入れない派。
なので、高温期だけでもコーヒーを我慢するのは少し大変でした。
それが今では全く飲まずに何とか過ごしています。
人間やればできるもんだなぁきゃー


<2.TGP生活の途中からしていたこと>

①温経湯(うんけいとう)
地元の産婦人科に通っている時に処方され、MLCに転院してからはホームドクターにお願いして
処方してもらっていました。
自覚のない冷え性でした。
即効性はなかったものの、少しずつ冷えが改善されたように思います。

②体を意識して温める
疲れていると、シャワーで済ませがちなタイプです。
なるべくお湯につかる日を増やしました。
特に寒くなってきてから。


<3.妊娠周期にしていたこと>

①友人からもらったTGP用?サプリ
FertileCM: for Fertile Cervical Mucus
OvaBoost for Egg Quality
というアメリカのサプリをもらいました。
友人は私と同い年で二人目を授かるにあたり、海外サプリを調べ、取り寄せたとか。
昨年12月に自然妊娠し、8月に無事出産しました。
FertileCMは、妊娠しやすい体を作るために。(子宮頚管粘液が増えるらしい)
OvaBoost for Egg Qualityは卵子の質を高めるために。
とはいえ、リセット後にこの周期だけしか飲めていないので
ないよりは、飲んでてよかったかも・・・というくらいです。
それでも
「私はコレを飲んでできたから。よかったら飲んでみてニコニコ
とプレゼントしてくれた彼女に、心から感謝です。
妊娠を共に希望していた友がくれたそれは、お守り代わりみたいな存在でした。
(この時彼女が一緒にくれた、妊娠検査薬で妊娠が分かりました)

子宮鏡検査
よくこの検査を受けると、着床しやすい、などと聞いていましたが
まさかこの周期に妊娠できるとは・・・!
本当にこれが理由かは不明ですが。
いろいろな要素の一つかも。

③いつもに増して、相方と一緒に仲良しを楽しむ
このトピック。
すごくsensitivedだと思うのですが、このことがとても大きな要素のような気がして
勇気を出して、綴りたいと思います。

地元の産婦人科の女医さんに言われてハッとした一言があります。

「ご主人とのセックスをもっと楽しみなさいね」

簡単なようで、すごく難しかったです。
どうしてもタイミングを取るときの義務的になってしまい・・・。
お互いに「妊娠しなければ!」と力が入りすぎたりして
どこかで「早く終わってくれないかなぁ・・・」などと考えたりもしていました。

パートナーとの大切なコミュニケーションなのに。
次の日のことを考えると、面倒になってしまったり
今は別にタイミング取らなくてもいいなぁと思ってしなかったり。

赤ちゃんが来てくれた周期、いい意味で意識して楽しんでみました。
妊娠するため、という考えを一旦クリアーにして
大好きな相方とお互い大切に向かいあったような気がします。

これ、別の周期と比べれば、すごくストレスフリーでした。





正直言って、赤ちゃんが来ないことそのものが、かなりのストレス要素でした。
だから、ストレスフリーって言っても限界が・・・。

二人の赤ちゃんを欲しいことによる相方とのぶつかり。
その渦中にいる時は、心が苦しいことが多かったですが、今振り返れば
それがわたし達をより「夫婦らしく」してくれた様に思います。

長々と綴りました。
どなたかの参考になれば、幸いです。

赤ちゃんを望む方皆さんが、心から笑顔になれる日が来ますようにクローバー