ベビトイ産まれました☆
アキトイJr.

産まれました
というか、産まれてました
本当に色々あって報告遅くなりました

2013年1月2日午前1時36分
791gの第一子を出産しました

私自身、元旦の晩に意識を失う程の腹痛から産院を受診し、血圧が210まで上がっていたことから、即そのまま救急車で大きな病院へ緊急搬送されました。
全身麻酔の緊急帝王切開で、母子ともにかなり危険な状態だったようですがが、二人とも無事に生きています

後から聞くと、重度の妊娠高血圧症と、妊娠中毒症の中で一番の危篤状況である、HELLP症候群という病気を発症したとのことでして。
適切な処置がないと、3~4割の方が亡くなるそうです。
こうやって今お話出来るのは奇跡なのかもしれません

30週でしたが、産まれてみれば胎盤に血栓が出来ており、24週の大きさにしか成長出来てなかったんです。
本当に手のひらサイズ。
パンダの赤ちゃんかと思うくらいビックリするほど小さい子で、それでも自分の力でなんとか呼吸しようと頑張ったんですよ。
あまりに突然なことで心の準備もないまま出産に至りましたが、私も母になることができました

私はICUに、子供はNICUに即入院。
子供の姿を保育器越しに見れたのは出産から丸一日たってから。
小さすぎる体に、あまりに管だらけの痛々しい姿を見ては幾度も自分を責めて涙しましたが、子供の生命力は親の想像力を遥かに越えています。
こんなに小さく産まれたのに二週間体重が減り続けて、本当に無くなってしまうんじゃないかと心配したこと。
目の検査をしようと目薬を打っただけで命を落としそうになった日。
産まれて一ヶ月して初めて口からミルクを飲む練習、一滴で呼吸が止まり。
全身モニターで先生が見守るなか、治療の一貫で行われたカンガルーケアという名の初めてのだっこ。
口のチューブが取れ、
点滴が取れ、
保育器を出て初めてお洋服を着た日。
モニターがひとつ取れて。
GCUにお引っ越し

思い出すと、数え切れないくらい…
生産期で産まれた子が当たり前のように経験することが、我が子にとっては命懸けでした。
かーちゃん、泣きながら三時間おきにおっぱい搾って、その母乳持って毎日往復三時間かけて病院にせっせと通ったよ

搾乳だけで母乳を出し続けるのは本当に大変だった

心も時には折れたよ

それでも私の母乳を飲んで
日に日に変わってくお顔

本当に可愛くて可愛くて。
何があろうとも守ろうって思える

おかあさんというものは、本当に凄いね、
世のおかあさん全てを尊敬する

明日で三ヶ月になります。
体重は2000gを越えました

まわりの皆が【体重】を心配する以上に、未熟児で産まれてくる子には越えなければいけない壁がいくつもいくつも出てきます。
体重ってのは、後からついてくるものだからね

それでも毎日5g増えたり減ったりして子供が大きくなってくる姿を見てきましたよ


三ヶ月、本当に頑張ってくれた。
よく産まれてきてくれた。
生きてくれた



産まれてきてくれて本当にありがとう

我が子が私達に愛を与えてくれ、愛を教えてくれました。
娘の名前は
【 愛 子 】
です



頑張る愛子の退院は、刻々と近づいてきています

その時は沢山沢山抱き締めてあげたい。
心の準備もないまま親になった未熟な母だけど、娘には一人の母でいたい

そして、これからの人生、家族みんなで頑張っていこうと思います

娘が毎日生きていてくれること、それが私の支えです

新米おかーちゃん、頑張ります

そして私のおかあさん、私を産んでくれてありがとう

親子で必死に毎日生きていきます

心配してくれた私の友人、本当にありがとう

愛娘『愛子』共々宜しくお願いします
写真はまた退院したときにでも






