本業が忙しくなったこともあり、なかなか時間がとれませんでした。

 最近の情勢を踏まえていくつか記しておきたいと思います。

 なお、この研究会は、イラク、シリアの問題に関するものとして立ち上げたのですが、他の問題について記すことが多くなりました[1]。改名も考えていますが、ひとまずブログ名はこのままで投稿を続けたいと思います。

 

(1)アフガニスタン撤退について

 ご承知のとおり、一昨年夏、タリバンとの協定を引き継いだバイデン大統領が実行した米軍撤退に伴いアフガニスタン政府はあっという間に崩壊しタリバンに取って代わられました。

 作成を予定していた対応案[2]は無駄になりましたが、いずれにせよ、バイデン大統領やトランプ大統領の決定より前に既に解決困難な状況は形成されていました[3]。それは、既に指摘してきたとおり、文化・価値の問題に対する無知・無関心(より具体的には民族・宗派がそれを維持しようとする傾向の軽視やそれと異なる新たな共同性を理解させ受容させることの困難性[4]の不知)によるところが大きいと考えています。実は、政権崩壊を受けて、改めて開戦以来の経緯を総括する記事の作成を始め大半を書き終えましたが、本業に集中する必要が生じたため中断せざるを得ませんでした。本業に余裕ができたら再開しできるだけ早急に公表する予定です。

 今回は、それとは別に、最近の情勢を踏まえ、シリアにおいてアサド体制の維持と支配地拡大に不可欠な役割を果たしたロシアのウクライナ侵攻について記したいと思います。

 

(2)ウクライナ侵攻について

 これまで記してきたことからお分かりのことと思いますが、私は、戦後の国際秩序の大原則である国家同士の不可侵の原則が平和を保つ上で重要な役割を果たしており引き続きそうあるべきと考えています。他方で、国家内の異民族・宗派の問題については、それぞれの状況や経緯によりますが、自治を保証することが紛争解決のために必要であり望ましい場合がしばしばあると考えています。

 ロシアは、近年クリミア侵奪など国際法に反する行動をとってきました。今回は国家そのものの転覆を図った侵略で違法性はより重大です。私は侵攻は予測していませんでしたが、それが開始された直後に考えたことは、(上記のことから当然ですが)これが許容されるべきではないということと、同時に、この問題は最終的にどうすれば解決が図られるだろうかということでした。

 その際思いついたことは、一つの案として、時限的な自治を認めるということがあり得るのではないかということでした。それが決して唯一の案というわけではありませんが、現在でも選択肢として考えられるものの一つではないかと思っています。

 この案は、これまで述べてきた基本的な立場から自然に導かれるものです(シリアについての案の変形ともいえるものです)。一応ご説明しておくと以下のとおりです。

 まず、現在の国際社会において、他国に対する侵略を行った国家がその侵略によって領土その他の利得を得ることがあってはならないということが大原則としてあります(原則1)。

 他方で、国家内の相当規模の異民族について、自治が認められてしかるべき場合があり、また、そうしなければ事態を収拾しがたい場合があるということもいえます(これまで繰り返しご説明したとおりです。なお、その可否やどの範囲かについては現地の状況や歴史的経緯等を踏まえる必要があります)(原則2)。

 本件は、原則1だけでなく原則2も認められるべき案件[5]と考えています。

 そうすると、まず原則1から、ロシアに今回の侵略に基づく領土などの利得を認めるべきではないということになります[6]

 他方で、原則2からすると、一定の範囲でウクライナ領内のロシア民族の自治を認めるということはあってしかるべきということになります。

 ただし、自治を恒久的に認めるということは、(その条件等にもよりますが)領土の割譲とは異なるとはいえ、施政権の大半を譲るということでもあり、いってみれば、その地域について領土を半ば与えるのと同様のことと言えなくもありません。そうすると、今回、ロシアの侵攻をきっかけとしてそれを付与するということは、ウクライナにとって認めがたいかもしれません[7]し、国際法の実効性を損なう可能性もあります。

 であれば、たとえば50年とか100年の年限を区切っての付与[8]であれば、ウクライナにとってより受容しやすいであろうし、国際法の原則を深刻に毀損することにはならないのではないかと思った次第です。

 50年か100年たった後でどうするかについては、その時点の状況を踏まえて、次の世代の判断に委ねればよいのではないかと思われます(その時点で、状況が改善されており、軍事的な争いが再発しないことが望ましいことは言うまでもありません)。

 その範囲については、クリミアと2014年にロシア系住民によって占領されたドンバス地域(ドネツク、ルガンスク)は含まれてしかるべきと考えます。それ以外についてどうするかについては、現地の状況を承知していないので確たることは言えませんが、住民の居住状況等に応じて検討されることもあってしかるべきと思います[9]

 最近になって、戦況は、ウクライナが押していた状況から膠着状態となっています。ロシアに侵攻の利得を認めるような停戦案は認めるべきではないと思いますが、だからといって、このままどちらかがウクライナ全土を制圧する[10]まで戦争が継続することが望ましいこととは思われません。

 こうした中で、停戦の条件についても様々な報道がされるようになってきました。キプロスや朝鮮戦争の例を踏まえた案も提起されているようです。領土の分割、(恒久的な)自治権の付与、一時的な停戦のラインなど様々な態様はあり得る[11]と思います。

 こうした中で、長期にわたる時限的な自治権の付与というのも、現時点でなお選択肢の一つとしてあってよいのではないかと思って記した次第です。

 なお、この時限的な自治の認容は、場合によっては、ウクライナ側が一方的に宣言してもよいものと思ってます。

 というのは、もしウクライナが、このままクリミアやドンバスまで進行していくとした場合、あるいはその可能性が高まった場合(既にある程度そうなっていると思いますが)、この戦争は、それらの地域のロシア系住民(ひいてはロシア人全体)にとっての戦争という認識が高まります。そうすると、この戦争が、ウクライナ対プーチンからウクライナ対ロシアの戦争という性格が強くなりかねないと思われます。逆に、そのような宣言をするとすれば、この戦争を対プーチンのものに止めておくことが可能になると思います。要するにロシア側の戦意を削ぐとともに、プーチンを国内でより浮き上がらせるという効果があると思われます。

 そもそも異民族の自治は、これまで申し上げてきているとおり、本来認められてしかるべき場合が有ると考えられます。ですから、これを認めるということは決してウクライナにとって、不当に譲歩しているということにはならないと思います。時限的なものであれば尚更だと思います。なお、その際、既述のとおり、侵略の結果を追認するような形ではない態様で認めることが望ましいと考えられます。

 私は現地のことを詳しく承知しているわけではないので、不十分、不適切なことも多々含まれているかもしれません。また、非常に僭越なことかもしれないと思いましたが、一つの提案として記しました。ご意見、ご指摘など頂ければ幸いです。

 

 

 

 

[1]民族・宗派の状況を踏まえた自治等の認容が、民主制の下での長期的な安定に至る上で有効、必要であるという考えに変わりはありません。特にシリアについてはそれと異なる状況が続いていますが、このことは念頭に置かれてしかるべきと考えています。

[2] 検討していた対応案も状況を直ちに反転させるような目覚ましいものではなく、民族や政治勢力の棲み分けによる共存を前提にするものが中心だったと記憶しています。

[3] 前回このこととトランプ大統領の政策の問題点について指摘したところです。

[4] 不可能とはいいません。しかし、現在西側諸国が普遍的と考えている人権や自由の理念をベースとする価値観・規範意識がそれと異なる共同性に基づいて営まれてきた社会に正しく理解され受容されていくためには、少なくとも、それらの理念の意味は当然のこととして、社会契約説、市民革命を含めその思想的背景、歴史的経緯や社会における位置づけなどが、教育や文化的産物への接触などを通じて、その社会に伝えられ浸透し人々の意識や生き方を変容させる必要があります。20年足らずの期間でそんなことが可能であるとは思えません。

日本の例をみても、義務教育などを通じてそうしたことが伝えられるようになって50年近くを経過して、湾岸戦争の際に、リベラル派や護憲派など本来そうした価値観に沿った国境を越えた共同性を理解していると期待されていたはずの人々がこぞってそれに反対し(全く正反対の目的で憲法が用いられたりもしました)、国内外の多くの人々を驚かせました。

このことについては改めて記そうと思っていますが、文化の問題について考えるきっかけの一つになったことでもありますので、この機会に少し掻い摘んで記しておきたいと思います。

当時産経紙上で、司馬遼太郎氏が、電車の中で誰かが女性の足を拳銃で撃ったとして、それを誰も咎めないような社会であれば自分は「貝に生まれた方がまし」などと記していました(同じく産経紙上に高坂正尭氏の厳しい批判も掲載されていました。記憶に頼っているので引用はすべて正確ではないかもしれません)。こうしたことが戦後制度に否定的で守旧派の新聞からリベラルや護憲派に向けられて記されたということに、当時私は事態が完全に転倒してしまったと思ったものです(私自身はそれ以前にいわゆるリベラル派、左派が、急に自陣のゴールに向けてボールを蹴り込み始めたような印象を抱き困惑していたこともあり、これらの記事を読んで安堵するような気持ちも覚えましたが、それを産経紙上で読むことになるとは全く予想していませんでした。なお、誤解のないように申し上げておくと、そのことによって我が国の保守派が全体として近代的価値観を受容した存在であると考えるようになったわけではありません)。

もし世界が、黒沢明監督が「用心棒」で描いたようなものではなく、司馬氏が譬えに用いた電車内のような状況に近づきつつある、あるいはそうした理想に向けて行動している人々がいるとした場合、それに対して、どうせお前たちは自分の利益のためにやっているんだろう、やめなさい、などといったら、その人々はどういう感情をいだくでしょうか。

このときの反応についての反省は、日本政府が担う負担の問題が中心であり、リベラル勢力において、そのときの自分たちの反応が没理想的、非倫理的、一国主義的であったとして批判されていることに対する反省(あるいは反論)はほぼ皆無といってよいと思います(例外がないわけではありませんが)。世界全体として何が目指されているのか、目指されるべきかという幹の問題が本来まず問われるべきではないかと思います。

守旧勢力に対抗していると見られるいわゆるリベラル、左派のこうした傾向は、日本に特異な現象のように見えるかもしれませんが、決してそうではありません。韓国では独裁国家である北朝鮮寄りですし、ソ連の共産主義も当初は米国の左派などから期待する向きもあったのですが、結局独裁抑圧体制となりました。中国や多くの中南米の社会主義国家等もほぼ同様です。

 このことは、これらの人々が自由主義的原則を理解し受容した上で、経済的な問題についても同様に普遍的原則に基づいて解決しようとしているなどと考えると非常に奇妙に見えるのですが、そもそも大半(すべてとはいいません)がそうではない人々であったとすれば、むしろ当然のことといえます。それを理解し受容することは、それが内発的に形成された地域の人々から見ると容易に思われるとしても、実際には難しいことが求められているのではないかと思います。自由主義的秩序意識は、いわばフルバージョンでは市民革命によって確認された理念を基礎とする共同性を理解し受容することを含むものということができますが、それは他の国々では実際に生じたことではありません。そもそもそうした共同性の素地となる社会的条件が十分に存しているところは多くないのではないかと思われます。(他方で、日本全体でみると、司馬氏や高坂氏など少なくともそれを理解していると考えられる人々もいることは改めて記しておきます)

一般論として、ある文化圏において、人間の共存にとって必須であり、信頼可能で、正しい、美しいとされている価値や相互関係が、別の文化圏からみると、不要な拘束であったり、それで実際に共同性が築けると思われない非現実的な美辞麗句であったり、場合によっては、おぞましい非人間的なものとみられるものであることは珍しいことではありません。そもそも、異文化社会における人間の関係性が全体として如何なるものとなっており、それぞれの規範や概念にどのような思いが込められているか、言葉による伝達だけで容易には理解できない場合があるということでしょう。結局のところ、相互行為の繰り返しがなければ、正しい理解や共有が進むことは難しいということではないかと思います。

こうした文化の差異・対立は、宗教・宗派、理念の間の差異・対立とイコールではありません。そうしたものの位置づけ自体が異なる場合もしばしばあり、いわば関係性全体の差異というほかはなく、対立関係の主たるメルクマールが時代によって変わったりもします。どちらが文明的で野蛮であるか一概に決めつけられない場合ももちろん多々あります。

何とも捉えどころのないことを述べているように思われるかもしれませんが、他方で、人間の社会は、相互の接触が強まるにつれて、次第に共通の秩序が形成されていくものであり、それなしでは共存や平和は実現されません。それが形成される過程が、これまでの世界史といえます。

日本が国を開いた頃、東アジアでは、皇帝制、幕府制、天皇制といった制度しかありませんでした。第二次大戦の際、枢軸国の体制は、自民族の特定の人物の神聖化に基づくものでした。共産主義の失墜については改めて説明の必要はないと思います。

実質的に戦後形成された自由主義的価値観に基づく秩序は、国家単位の独自性、自治を認めるものでもあります。この点について、それを民族・宗派単位、地域単位にするという考えもあり得たようにもみえます。しかし、それでは、どこを境目にすべきかについての争いが際限がなくなり衝突が止むことはないと思われます。第二次大戦時後に処罰された行為も容認されることになりますし、中国の太平洋を二つに分けるという案も認められる可能性が出てきます。

もっともこの原則には、第二次大戦直後の時点では、植民地のように明らかに民族の自律性が不当に損なわれている地域も認められることになるという問題がありました。その点については、その後、改められてきました。私が述べてきた国家内の異民族等の自治が(様々な条件によりますが)なるべく認められるべきというのも、そうした、いわば足らざるところを補足する方策の一つと考えています。

このことについて、この機会に簡単に付言すると、より具体的には、欧州評議会の条約に見られるような何らかの一律の原則に沿って一貫した基準に従って関与が行われるようになれば望ましいのではないかと思っていますが、ここではこの程度にしておきます。

[5] エリツィン大統領のときに旧共和国単位で独立を認めた段階で、クリミア、ドンバスやNATO加盟などについて問題が生じたとしてもウクライナの選択を止めがたくなることは、国際法の観点からすれば当然といえば当然です。これまでそうした問題は、親ロシアの政権ができたりウクライナが行動を抑制することによって顕在化することが避けられてきたところ、近年になってウクライナのロシアからの分離の傾向が急速に高まり、そのことによって問題が顕在化することとなり今回の侵攻が生じたともいえます。

しかし、そうした状況の変化やロシア側の見込み違いがあったとしても、それが自治を認める根拠にはなるわけではありません。問題は、それらの地域に多数のロシア系住民が居住しており、そうした方向を取るようになったウクライナとは異なった価値観に沿った生活を営んでおりそれが妨げられることを危惧しているであろうと考えられることです。国家の主権とは性格が異なりますが、ウクライナに独自の選択と自治が認められているのと同様にそれら住民にも一定の自治が認められてしかるべき場合があるのではないかということです。

[6] それが仮に当事者間で力によって強制されたとしても国際社会によって追認されるべきこととも考えません。

[7] このことについて、ミンスク合意とそれについて争いがあることは承知しています。しかし、いずれにしても今回の侵略に対する懲罰的な意味合いも含め、時限的なものに限定するということもあってよいのではないかと思われます。(詳細な事実関係を承知しているわけではないので確たることは申し上げられませんが、私自身は、ドンバス紛争が仮になかったとしても、それら地域に一定の自治が認められることはもともと有ってもしかるべきだったのかもしれず、侵略の成果を認めるようなことにならなければ、時限を付さない自治を付与するという解決もあり得るかもしれないとは思っていますが)。

[8] 期間を曖昧にするとかいろいろなバリエーションもあり得ると思います。なお、期限付きの自治権について提案された方は他にもおられることを後で間接的に知りましたが、詳細は承知していません。

[9] 仮にそれが検討される場合、戦況ではなく居住状況を踏まえて決定されるのが望ましいと考えられます。

[10] プーチンが引きずり降ろされることへの期待もありますが、ロシアは一旦国を開いた後で経済競争で伍していけず(この点が中国と異なる)マフィアが跋扈するような社会が形成されてしまったという経緯があり、プーチンはそれを踏まえて登場しており、国民もそのことを記憶しています。ロシアの変化を期待するとしてもこのことを前提にする必要があると考えます。

[11] これらの他にあるいはその中間に様々なバリエーションもあり得ると思います。両者が合意に至ればそれが尊重されるべきと思いますが、いずれにせよ、侵略の結果を追認したものではなく、ウクライナ側が自発的に認めたと考えられる態様と内容であることが望まれます。なお、最終的な地理的ラインをどこに引くかは難しい問題ですが、クリミア、ドンバスのように認める必要や効果が高い地域に限定して宣言することはそれと比べると難しいことではないと考えられます。