人懐こい野良猫が多いこの町で、俺の様な無愛想な野良猫を可愛がるなんて、変わった人間だなと思った。俺の何をそんなに気に入ったのかは知らないが、その少年は毎日の様に猫用の缶詰を持って、空き地にやって来た。俺が缶詰を平らげると、少年は嬉しそうに笑う。食べ終えた後に、猫じゃらしの相手をするのも悪くはなかった。「可愛いね」と顎の下を撫でられるのも嫌いではなかった。その日は、少年の様子が普段と違った。いつも明るい表情が、酷く沈んでいる様に見えたのだ。人の言葉を持たない俺は、当然「何かあったの」と尋ねる事は出来ない。ただ、黙って俯く少年の足に寄り添う事しか出来なかった。少年は、俺の気持ちを察したのか「大丈夫だよ」と俺の頭を撫でた。それでも、目に溜めていた涙を堪える事は難しかったのだろう、少年は膿を吐き出す様に、泣き続けた。夕陽に照らされた少年の体には、真新しいあざや擦り傷があった。外遊びが好きで、その時に怪我をしたのかもしれないと、今までは思っていたけど。もしかしたら、違うのかもしれない。思い返せば、少年は他の子供達が空き地の前を通りかかると、土管の影に隠れてしまう。それに鞄の模様が、他の子供達とは違う。あの子達の鞄は、こんなに土埃が付いていなかったのに。「お前を傷付けているのはあいつらなのか」そう聞きたいのに。もしそうなら、守ってやりたいのに。それが出来ない自分が情けなく思えて、俺まで泣きそうになった。少年は袖で涙を拭うと「猫さんごめんね」と俺に謝った。何故彼が俺に謝る必要があるのか、ちっとも分からなかった。謝りたいのは俺の方だ。お前はこんな俺に優しくしてくれたのに、何一つしてやれないんだから…感謝の言葉すら言えないんだから。

「猫さん。僕ね、転校するんだ。お父さんの仕事の都合で、これまでも転校する事はよくあったんだけど…次で最後になりそうなの。悲しい事はたくさんあったけどね、それでもこの町に来て良かったなと思えるのは、猫さんのおかげだよ。……猫さんはこの空き地が好きなんだよね、きっと。でも、わがままを言ってもいいかな。…猫さん、もしよかったら僕の家の子になってくれませんか?猫さんと一緒に、別の町へ行って、いっぱい楽しい思い出をつくりたいの。…駄目…かなぁ…」

ー違うよ、俺はこの空き地が好きだった訳じゃない。此処に居ればお前が来てくれるから。お前が俺を見失わない様に、俺は此処でお前を待ってたの。ー俺はどんな場所でもよかったんだよ、そこにお前が居てくれるなら。お前と出会って初めて、嫌いだった筈の自分の模様を好きになった。お前が持って来てくれる缶詰が一番の好物になった。いつも「またね」の言葉が嬉しくて、けど寂しかった。でもこれからは、俺はずっと大好きなお前の傍に居られるんだな。それって凄く幸運で、とっても幸福な事だよ。

「おはぎ、今日ね。友達と一緒にサッカーしたの、僕シュート決めたんだよ!そしたらみんなが凄いじゃんって褒めてくれたの。それが嬉しくってね!」

俺はおはぎという名前をもらい、晴翔と晴翔の両親と、毎日楽しく暮らしている。晴翔は最近友達が出来たようで、学校から帰るとこうして、俺を膝に乗せて一日の出来事を話してくれるのだ。俺は晴翔が喜びを共有してくれる事が、嬉しくて仕方ない。毎日、晴翔の元気な「ただいま」を聞ける事が、今の俺の、何よりの幸せだ。

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