星を散りばめた様に光り輝く碧海を前に、浜辺には青年が一人体育座りをしていた。海を眺めるその背中は微動だにせず、長い黒髪だけがさらさらと潮風に揺れている。「何をしているの?」僕が声を掛けると、青年は此方を振り返り「夜を待ってるんだ」と一言、囁く様な声で呟いた。
「まだ昼の一五時だよ、海を見ているだけで飽きないの?」
「飽きない。人の視線がある場所は疲れるから、此処が一番落ち着くんだよ。」
「じゃあ僕も…此処を離れた方がいいのかな?」
「…居たいんだったら居ればいい。」
足を踏み入れた事に罪悪感を覚える程、彼はこの場所に良く似合っていた。完成された絵画に、僕の様な絵の具を垂らしていい筈が無かった。上手く表現できないが、この場所そのものが彼を歓迎し、受け入れている様に見えたのだ。
「どうして夜を待っているの?」
「星を見たいから。」
「星か…なら、晴れるといいね。」
「最近は雨が続いたからな。俺さ、いつか誰よりも近くで星を見てみたいんだ。誰かが綺麗なものは遠くにあるから綺麗なんだよって言っていたけど、俺は自分の目で確かめてみたいんだよ。」
「じゃあ夢は宇宙飛行士とか…?」
「うん、いつかなりたいな。あんたには夢はあるの?」
「僕には…夢と呼べる様な目標は無いんだよね。毎日生きる事で精一杯で、誰の役にも立ってないし…未来なんて想像出来なくて…そもそも僕に、未来なんてあるのかな。」
自分の人生に何の意味があるかも分からず、それでも命を明日に繋ぐ為に必死だった。特に辛い事や、苦しい事があった訳ではない。家族がそばに居て、休日遊びに誘ってくれる友人がいる。幸福を知らずに生きてきた訳ではなかった。ただ漠然と、生きる事に疲れていたのだと思う。少しでもいい、日常から離れたい一心で、僕は今日、電車を乗り継いで此処へ来た。「未来なんてあるのかな」その言葉を肯定してほしいのか、否定してほしいのか、それさえも分からなかったけど。ーこの時、名も知らない彼に言われた言葉を、僕はきっと一生忘れないだろう。
「未来は、誰しもが平等に手に入れられるものではないよ。望んでも、手から滑り落ちてしまう時だってある。今日を生きられなかった人の為に生きろとは、俺は言わない。けどね、あんたが今生きている事には、何か理由があるんだよ。それが何かを知る為に、生きるのも悪くはないんじゃない?人の為に生きるのは素晴らしい事だと思う、けどその前に、自分と向き合う時間があんたには必要なんだよ。そうして成長した先で、誰かの役に立てるだろうさ。」
「まだ昼の一五時だよ、海を見ているだけで飽きないの?」
「飽きない。人の視線がある場所は疲れるから、此処が一番落ち着くんだよ。」
「じゃあ僕も…此処を離れた方がいいのかな?」
「…居たいんだったら居ればいい。」
足を踏み入れた事に罪悪感を覚える程、彼はこの場所に良く似合っていた。完成された絵画に、僕の様な絵の具を垂らしていい筈が無かった。上手く表現できないが、この場所そのものが彼を歓迎し、受け入れている様に見えたのだ。
「どうして夜を待っているの?」
「星を見たいから。」
「星か…なら、晴れるといいね。」
「最近は雨が続いたからな。俺さ、いつか誰よりも近くで星を見てみたいんだ。誰かが綺麗なものは遠くにあるから綺麗なんだよって言っていたけど、俺は自分の目で確かめてみたいんだよ。」
「じゃあ夢は宇宙飛行士とか…?」
「うん、いつかなりたいな。あんたには夢はあるの?」
「僕には…夢と呼べる様な目標は無いんだよね。毎日生きる事で精一杯で、誰の役にも立ってないし…未来なんて想像出来なくて…そもそも僕に、未来なんてあるのかな。」
自分の人生に何の意味があるかも分からず、それでも命を明日に繋ぐ為に必死だった。特に辛い事や、苦しい事があった訳ではない。家族がそばに居て、休日遊びに誘ってくれる友人がいる。幸福を知らずに生きてきた訳ではなかった。ただ漠然と、生きる事に疲れていたのだと思う。少しでもいい、日常から離れたい一心で、僕は今日、電車を乗り継いで此処へ来た。「未来なんてあるのかな」その言葉を肯定してほしいのか、否定してほしいのか、それさえも分からなかったけど。ーこの時、名も知らない彼に言われた言葉を、僕はきっと一生忘れないだろう。
「未来は、誰しもが平等に手に入れられるものではないよ。望んでも、手から滑り落ちてしまう時だってある。今日を生きられなかった人の為に生きろとは、俺は言わない。けどね、あんたが今生きている事には、何か理由があるんだよ。それが何かを知る為に、生きるのも悪くはないんじゃない?人の為に生きるのは素晴らしい事だと思う、けどその前に、自分と向き合う時間があんたには必要なんだよ。そうして成長した先で、誰かの役に立てるだろうさ。」
帰りの電車の中で、この二年間で、僕は一体何度、彼の言葉を反芻しただろうか。嗚咽混じりに「ありがとう」と彼に伝えると、彼は微笑んで、また海の方に向き直った。あの日、僕は彼と星を見る事は出来なかったが、電車の窓から見えた空は見事な快晴、夜空には数多の星々が煌めいていた。いつの日か、彼の夢が叶いますように。思えばこの時が初めてだった。自分の事で精一杯だった自分が、人の事を想えたのは。それだけ彼の言葉が、僕の心に余裕を持たせてくれた、という事だろう。そして二年後の今日、僕は再びあの場所を訪れていた。星が出ているというのに、浜辺には誰の姿も無かった。大事な一部が欠けた作品、とは思わなかった。ただ、夢のもとに旅立った彼を祝福する様に、細波の音が響いていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
