ABAセラピスト ほんわかお手伝いのブログ -2ページ目

ABAセラピスト ほんわかお手伝いのブログ

ABAセラピストとして療育に携わる日々のあったかい気持ちを主に綴っていきたいです。

先日、むすめを抱っこして電車に乗っていた時のこと。
向かいの席に座っていた18歳くらいに見える女の子が、わたしがカバンからiPadを出すと寄ってきてそれを指差ししました。

知的障害と聴覚障害があるのか、流暢ではない言葉と一緒に懸命な指差しで一生懸命にわたしのiPadを求めます。
「これ?これはごめんね、貸せないよ」と伝えてカバンにしまうと今度はむすめを指差し、身振り手振りで表現していました。

あ、手話なんだなとわかったのでその後はわたしも簡単な手話で「かわいいでしょ?女の子だよ」などとやりとりをし、「かわいい、かわいい」と答えてくれながらむすめを撫でてくれたのですが、少しすると今度はわたしの隣に座っていた女子高生に「ジャンケンしよう」とアクションで伝え始めました。
女子高生は彼女を見知っていたようで「久しぶりだね」と声をかけるとジャンケンに応じました。
すると、今度はまた別の座席の男子高生のところへ行き、自分の持っていた傘を少し 持ち上げながら彼の持っていた傘を指差します。
男の子は戸惑いながらも彼女のアクションに傘を見やすくしてあげていました。

そしてまたわたしのところへ戻ってきたので再び「傘持ってるのが同じって伝えに言ったの?」と手話で尋ねると頷きながら「同じ、同じ」とニコニコ。

そうこうしてる間に電車は終点に着き、彼女も他の乗客も降りたのですが、わたしは少し嬉しくて。
彼女を戸惑いつつも受け止めていた女子高生と男子高生の姿に、彼女がこの地域で生きる展望が見えた気がして…。
もちろん、いきなりコミュニケーションを求められればびっくりするはずです。
当然です。
まだ彼女の人懐こい雰囲気などがあったからこその対応だったのかもしれません。

それでも…地域には色んな人がいる。
彼らの対応はわからないなりに、きちんと向き合っていたように思えたのです。
排除することなく。

そしてわたしは抱っこしていたむすめにも今後こうなってくれたら、と願っています。
色んな人がいる。
それでいい、それが当たり前だと。
理解しきれないことだってあるかもしれない。
それでも、それが当たり前だと思っていれば、排除する選択肢はなくなるだろう、と。
自分なりに向き合う方法を考えるようになってくれたら…と。