島崎藤村「破壊」
あらすじ
明治後期、被差別部落に生まれた主人公・瀬川丑松は、その生い立ちと身分を隠して生きよ、と父より戒めを受けて育った。その戒めを頑なに守り成人し、小学校教員となった丑松であったが、同じく被差別部落に生まれた解放運動家、猪子蓮太郎をひた隠しに慕うようになる。丑松は、猪子にならば自らの出生を打ち明けたいと思い、口まで出掛かかることもあるが、その思いは揺れ、日々は過ぎる。やがて学校で丑松が被差別部落出身であるとの噂が流れ、更に猪子が壮絶な死を遂げる。その衝撃の激しさによってか、同僚などの猜疑によってか、丑松は追い詰められ、遂に父の戒めを破りその素性を打ち明けてしまう。そして丑松はアメリカのテキサスへと旅立ってゆく。
感想
私は苦しみ悩む男が描かれいる作品が好きなのだろうか。「舞姫」でもそうだったがそういう男に弱いのかもしれない。まぁ、そんな事はどうでも良い。それよりも「破壊」の内容である。世間の人種差別の中で、差別されぬように、己の身分をひた隠しにして生きてきた主人公が打ち明けたいと思うほどの人物に出会ったことは、とても凄いことだと思うのだ。自身の身の上が世間にばれでもしたらそれこそ、社会からは追放されてしまう。それでも少しでも世間にばれるというリスクがありながらも打ち明けたい気持ちになったのは、主人公が彼に対してよほど尊敬していたのか、もしくは主人公は身の上を隠すし、誰ひとりにさえも(友人でさえも)打ち明けられない事が、つらくなってしまったのか。私はこの「破壊」の終わり方は好きである。
雑学1(諺)
●瓜田に履を納れず(かでんにくつをいれず)
#文選
瓜畑の中では、くつが脱げても履き直すと瓜を盗むかと疑われる。嫌疑を受けやすい行為は避けるが良し。
●李下の冠(りかのかんむり)
#文選
(李下で冠が曲がっているのを直すと、李の実を盗むjのかと疑われるということから)上と同意。
「李下の冠を正さず」とも
●貞女両夫に見えず(ていじょりょうふにまみえず)
#史記
貞操堅固な女性は、再婚して別の夫をもつことをしない。
「貞女は二夫(じふ)をならべず」とも
●女三界に家なし
「三界」は仏語で、欲界・色界・無色界、つまり全世界のこと
女は三従といって、幼い時は親に従い、嫁に行っては夫に従い、老いては子に従わなければならないとされるから、一生の間、広い世界のどこにも安住の場所がない。女に定まる家なし。
