老いての読書は、「心を鎮めるビタミン」ということにならないか!

 老いて薬を飲むことは、仕方のない事であるが、「こころの薬」とはならない。

 ビタミンの効用は、人間の成長・活力・健康のためにはなくてはならないものであり、飲んでも

決して毒にはならない。

 「心を鎮めるビタミン」は、目で感じたり、体で感じたりすることができて、疑似ビタミンのことで

大切にして行かなければならない。


 趣味であれ、読書であれ、そこに感じるものがあれば、その行為は「心を鎮めるビタミン」となり得るものである。

 薬は服用を間違うと、毒になる時がある。

 効用と服用を正しく心して服用すれば、効き目が早く効くというものである。


 老いて「こころの薬」とはどんな薬か。

 それは心配のない日常生活を送ることが、こころの薬となり、心には一番の薬である。


 趣味のジャンルを問わず、現役中に触れられなかったジャンルに、老いてから触れるのも一計かも知れない。

 生きている以上、心配ごとのない日常なんてないのである。

 人間って、気の持ちようで、心を曇りにも、雨にも、晴れにもできるのである。


 いくら考えても、答えが見つからない「心配」なら、心も重苦しくなってしまう。                       「心配している心」に、下駄を履かせて旅に出てもらうしかない。

 「心配」が旅に出ているうちに、趣味をして心を鎮めることである。

 

 そうすれば、忘却することで、心はやすらぎ、こころの薬の効き目が早く効いてきて、「心配ごとよ、飛んでけ

飛んでけ、ちちんぷいぷい」である。


 趣味はなんでも良い。

 無我夢中になれるものを発見することである。

 読書なり、カラオケなり、碁なり、釣りなり、手芸なり、そのジャンルは多種多様で良い。

 「やらなかったから」、「できないから」と拒否していては、事は始まらない。

 工夫しながらチャレンジすれば、好きになり長続きもしよう。

 ただチャレンジしているだけでは、能がない。


 老いて一番むずかしいことは、

 「自分を変えていく」ことが一番むずかしいことなのかも知れない。