誰かの人生を羨ましく思うということは、つまり自分自身がそれを欲しているということ。
それなら、想い切って、それにチャレンジしてみろ。
私にとっては、子どもかなぁ。
ずっと子どもが欲しいと思う反面、嫌いだった。
だって、欲しくて欲しくてしょうがなかったから。
もちろん、子どもはおもちゃではありません。
そんな私が離婚を決めた時、周りの人たちはこぞって虐待をおそれました。
今のところ、手をあげたことはないし、あげるつもりもありません。
だって、私自身が虐待されて育ってきた人間だから。主にモラハラだけれど。
この子と同じ思いをさせるわけにはいけない。
枠の中で育てるのではなく、自分の発想力を活かすような生き方をしてほしいと切に望む。
それこそが、私が設ける枠なのかしら。
娘にとっての理想となれるよう、母親業も父親業も頑張って行こうと思います。
と、心を決めて家を出た2年前。
あのころは人を羨んでばかりで、卑屈で、自分との戦いが大変だった。
でも、今は、自分自身が成長できていると実感しています。
それは、なんといってもそばにいてくれる娘のお かげ。
こんなママですが、ずっと見守らせてくださいね^^
それなら、想い切って、それにチャレンジしてみろ。
私にとっては、子どもかなぁ。
ずっと子どもが欲しいと思う反面、嫌いだった。
だって、欲しくて欲しくてしょうがなかったから。
もちろん、子どもはおもちゃではありません。
そんな私が離婚を決めた時、周りの人たちはこぞって虐待をおそれました。
今のところ、手をあげたことはないし、あげるつもりもありません。
だって、私自身が虐待されて育ってきた人間だから。主にモラハラだけれど。
この子と同じ思いをさせるわけにはいけない。
枠の中で育てるのではなく、自分の発想力を活かすような生き方をしてほしいと切に望む。
それこそが、私が設ける枠なのかしら。
娘にとっての理想となれるよう、母親業も父親業も頑張って行こうと思います。
と、心を決めて家を出た2年前。
あのころは人を羨んでばかりで、卑屈で、自分との戦いが大変だった。
でも、今は、自分自身が成長できていると実感しています。
それは、なんといってもそばにいてくれる娘のお かげ。
こんなママですが、ずっと見守らせてくださいね^^



