NASCARドライバー尾形 明紀
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NHRA ムーンアイズ応援

先週末 NHRA がシャーロット戦で、ジムダンレーシングがムーンアイズスポンサーレースだったので、ノースカロライナムーンアイズディーラーのブライアンとトロイと3人と応援に行ってきた。


今回 スタートラインまで行ったので 凄い迫力の音と音から来る振動を間近体験した。

ちょっと恐ろしい程の迫力だった











信用の構築

アメリカのノースカロライナで生活する事がどれだけ簡単でないか、想像する余地もないだろう。
多くの人はレーサーはレースすればいいと思っているのが、それは私が色々な人に会ってきた中でわかった事。しかしレースするには大きなお金が必要である、ではそのお金はどこから来るのか?それは俗にいうスポンサーだ。
これもまた多くの人がボヤっと思っている事だが、エージェントのような人が持ってきてくれる。また探してくれる。というのが一般的な想像のようだった。

僕の場合、過去にエージェントのような人や、会社と付き合いをした事が何度かあるが、一度もスポンサーを持ってこれた試しがない。それはもしかしたら僕にレーサーとしての力、魅力が足りないからかもしれないし、理由は他にあるかもしれない。
どちらにせよ スポンサーは昔から今日の今日まで自分の足を使ってお願いしている。

日本に住んでいた時からNASCAR参戦の為に色々な人に会ってきた。僕のやる気とNASCAR挑戦への思いにお金を出してきてくれた方々は沢山いた。しかし自分の思うステージ、金額には到底届くものではなかったから、アメリカに拠点を移してやるしかないと覚悟を決めてノースカロライナに移住を果たした。

ここには知り合いもいなければ、住む場所すらない状態だった。無謀だと思われたかもしれない。それでも自分の中には確信があり、それは揺らぐことはなかった。
ノースカロライナに移住してきてお金は無いし、正直 生活は生活といえる程のものではなかった。
子供の頃から手先が器用であった事と、内装の仕事もしていた事もあり、建物に関しては色々な知識があったから、それを活かし少しいたアメリカ人の知り合いに、ペンキ塗りをお願いされたり、細かい事をお願いされて小銭を稼いでいた事もある。

ここで大切だったのは、お金を稼ぐこと以上に、「確実に良い仕事をする人間だ」という信用を得ることだった。新しい環境で信用を築く努力はどの国でも同じかもしれない。しかし、日本人がアメリカ南部でそれを得るのは、想像以上に簡単ではない。
もしあなたの周りに聞いた事もない国の人がいたとしたら、個人的に何かをお願いするだろうか? 考えて見て欲しい。
日本も最近は差別などの言葉が世の中に出回るようになっているようだが、僕も正直 日本にいた時はある国に人を違う目で見ていたと認識してる。
何が言いたいかというと人種の差別がある中で人としての信用を獲得していくのは 思っている程簡単ではないという事です。

 
僕はノースカロライナに移住して一生懸命にレース活動をしてきたし、以前のようにがむしゃらではないが、今も一生懸命という思いを持って活動している事には何も変わらない。人に誠実に接する、嘘はつかない、レースに対する揺るがない思いと継続している活動力、それは少しづつでも 人種を超えてアメリカ人が僕の事を仲間と思い始めてくれた事だった。それは少しづつだが感じるものがあった。しかし何十年もたった今でも少しづつでも仲間だと思ってもらえるように努力をしている。

中でも2022年にレースで優勝した年に多くの人が僕の活動を認めてくれた事は本当に大きな事だったし、結果がこれだけも大きな事なんだとも実感した。あの時は優勝を間近に何度も何度も悔しいレースをしていて、誰もが僕の優勝を望んでいた時だったし、僕もそれだけを絶対に成し遂げようと必死になっていたから、嬉しいというよりも安堵しかなかった。あの年に優勝をした事はドライバーとしての信頼を人々へ確実に植え付ける事ができた。

 
話は戻るというか変わるが、この2週間 レース活動もしながら 家のガレージで家具を作っていた。アメリカ人の友達が家を購入したので急に僕に部屋に合う棚を作って欲しいという事だった。その彼は元々レース関連で仕事を少しの間一緒にしていた友人だが、きっと僕が内装の仕事か何をしていた話をした事あったかもしれないが、僕が何かをその友達にした事はなかった。
実は少し神経質な友達だから、何かを作るお願いを僕にした事ないのにお願いされたから正直びっくりした。

過去の付き合いから信用してお願いをしてくれたようだが、実は友達が一緒に住んでいる彼女が 「本当にAkinoriを信用していいの?」という事を二人の会話であった事を知っている。棚も完成し、無事に部屋に設置してきた。細かい所まで気を使った仕上げに、彼女も含め褒めている様子。確実に信頼を得る事ができた結果であるが、ここで棚の注文は受け付けていない...
 
文章が長くなったけど何が言いたいかという、僕はひとつひとつの機会を本当に大切に真剣に向き合っている事だ。それはこんな棚を作る事であったもだ。レースのスポンサーを獲得したくて何十人、何百人の人にあって名刺を配るより、一人の信用の確実にする事が大切だと信じている。棚を作る事は失敗しなくても、スポンサーを獲得してレースに参戦して、大切なレースが何かしらのせいで失敗に終わる事は少なくない。その時にはやりきれ思いにもなるし、スポンサーの方にはどう説明すればいいのかと苦しくなり事も多々あった。しかし事実を受け入れ、スポンサーにも真摯に向き合う事のみでやってきた。

アメリカでのNASCARレース挑戦も長くなってきたが、こうして長くアメリカでサバイブしながら挑戦できているのは、自分で全て色々な事を経験しながらやってきたからである事は間違いない。もし僕がレースカーを運転する事しかできなくてアメリカに来ていたら とっくに日本に帰国する事になっていただろう。今年はスポンサーがなく本当は苦しいけど、何年も前の話だけど、レースで勝つためにはアメリカ人クルーと対等にやりとりできないといけないと考え、それは車の事をしっかり理解しないといけないと思い、自分でNASCARマシンを全てメインテナンスをしてオーバルマシンの事を学んだ。その結果 チーム運営をする事もできるようになり、数年前に優勝した結果がアメリカ人のドライバーですら私の車を信頼してくれて乗りたいと言ってくる事になった。

20代前半にNASCARのレースに出たいと思い、アメリカに行くようになり、自分が進みたい方向に行く為に必要な事を1つづつ夢中に真剣こなしてきた。その道のりは今も半ばかもしれないが、このような棚を作って得られる信頼でさえも、ここで生きていく為の大きな励みになり、また次に繋がっていく何かだという事だと信じている。

 
 

 
 

 
 

 

開幕戦サポート

先週末ヒッコリースピードウェイでの2026年開幕戦でした
アメリカ人ドライバーが僕の車で参戦するのをチームでサポートした週末でした。

他のレーサーの面倒を見るのは労力を使います、それは肉体的にも精神的にもです。
しっかり走って欲しいし、一方での心配は壊さないで戻ってきて欲しい。

今回はドライバーが初めてレイトモデルクラスを走ったという事もあり、緊張もあっただろうし、不慣れで十分な経験もないので少しラフな内容でしたが、無事にアメリカ人ドライバー受け入れ初日は終わった…

アメリカクルーも良くサポートしてくれ感謝の思いです。









2026年

来週のアメリカ人ドライバーが乗るレース準備中

この半年色々ありすぎたけど2026年のレースシーズン始まる

中華街

アポイントがあって行った駅名に〜チャイナタウンて入っていて、それを地下鉄を降りる時に気がついて、駅の地上に行ったら中華街でした

ワシントンDCです

じゃあなんか美味しいものが食べれるだろと、ほとんどの店が閉店間近の中駅前にあったレストランに滑り込み

担々麺食べれた
汁無しでした

中華街があるって中華が食べれるって事か
シャーロットにはそんなエリアもないな







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