先日、息子と不登校だったころ(小4)の話をしていました。

 

当時私は、学校に駐在していたスクールカウンセラーの先生と相談して不登校への対応や今後の進め方などを決めていました。が、「そのやり方が気に入らなかった。今でも怒ってる」んだそうです。

 

不登校になった初めの頃は、学校に行かないでなるべく心を休めるというやり方だったんですが、ちょうど今ぐらいの時期から徐々に学校に行くことを前提として対策をしようという事になったんです。初めは2週間に1回、それに慣れたら1週間に1回という感じで少しづつ行ける日を増やしていく。

 

その先生は企業内カウンセラーもされていた方で、「子供から大人まで様々な年齢の不登校や引きこもりの人に話を聞いているけれど、不登校から引きこもりになる確率は高いからなるべく社会との接点は絶たないほうがいい。そのほうが結果的にうまく社会に適合できる人が多い」と教えてもらい、先生のアドバイスに従って徐々に学校に行かせるようにしていきました。

 

結果、行けるようにはなりました。今でもちょこちょこ休みますが不登校ではなくなりました。

 

で、この対応がすごく嫌だったと怒ってるわけです。息子が。

まぁ自分のタイミングで行ったわけではないのでそりゃそうだって感じなんですが、学校に行ったり社会と接点を持っていることが彼にとって幸せなことなのか?とふと思いました。不登校や引きこもりは不幸だっていう私の思考に当てはめてただけなんじゃないか。ちゃんとしてるって見られたかっただけじゃないのか?私が。

 

そもそも、不登校や引きこもりって不幸なのかな?

社会と接点を持てない事ってそんなに悪いことなんだろうか?

 

今、息子は不登校ではありませんが決して学校が楽しいから、好きだから行ってるわけではありません。

不登校になるとまたカウンセラーや先生たちが学校に来さそうとしてきてめんどくさいから、ちょっとづつ休んだ方が騒がれなくていいから行くんだそうです。

 

彼なりの処世術。自分と合わない場所でも生きていける術を見つけるのは大事なことだと思うのですが、合わせるべきなの?

合わせないっていう選択をしてもいいんじゃないかって思いが私の中でだんだん大きくなっているのを感じた今日でした。

 

ま、決めるのは息子なので、息子がいつどんな道を選んだとしても心から応援してあげられるように思い込みや偏見をなくしていきたいなぁ。

 

今日も読んでいただいてありがとうございます。